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金環食を見る / 片山 允代

 

 二〇一二年五月二一日。

 

 「今世紀最大の天体ショー」と銘うって、鳴りもの入りで喧伝(けんでん)された金環食が、日本でみられ

 

る日がやってきた。なにしろ、なんと言っても今世紀最大なのである。この日を逃すと、つぎに見られるの

 

は十八年後の二〇三〇年ということだから、今年

 

で御年七五歳の老女の私にとっては、まずは千載

 

一遇のチャンスといっていい。絶対に見逃せない

 

天体ショーである。

 

 そしてその日五月二一日の朝。寝室の窓からさし

 

こんでくる明るい光で、私は目をさました。枕元の

 

時計を見ると、時計の長針と短針は、まさに七時を

 

さそうとしている。

 

 〈しまったッ、晴れてる! 寝過ごしたッ〉

 

 金環食は七時二〇分ころには始まってしまう。昨日の新聞の天気予報では、「山梨県の二一日は曇り」

 

だった。だから、私は観測用の日食メガネさえ用意をしていなかったのである。

 

 〈見られるものなら、ぜひ見たい〉との思いはにわかにつのり、私は布団を蹴ってとび起きた。寝起きの

 

低血圧もなんのその、急いで身づくろいをし、玄関を走りでた。すると、お決まりの朝の散歩に連れていっ

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てもらえると思ったのか、庭で犬たちが鎖をジャラツカセながら立ちあがった。身をよじり、尻尾をふって

 

媚びながら、甘鳴きをする。

 

 〈フン、お前たちのことなど後まわし! こっちはいま忙しいの。用がすむまでまってなさい〉冷たい一瞥

 

(いちべつ)を犬どもに投げ、私は車に乗りこんで、エンジンをかけるや否や急発進させた。タイヤが地面

 

をこすって、金切り声をあげた。目指すは長男一家が住んでいるマンション団地、私の住んでいる北杜市

 

の郊外からだと車で七、八分しかかからない。

 

 歯ぎしりしたいほどの上天気だった。北に八ヶ岳、南に南アルプス連峰がくっきりとした稜線を初夏の

 

朝空にきざみこんでいる。

 

 天体ショーが始まるまで、あと一〇分そこそこ。

 

 〈気象予報官はもっとしっかりしてもらわなくっちゃ。だけど、私はネバーギブアップよ。なんじょう、この敵

 

とり逃がすべからずんやっ、なのよ!〉と、いまや私は敵将の首を合戦でねじきった巴御前のような心境

 

になっていた。

 

 林や畑がとびさり、家並がながれ、私は団地の敷地に走りこんだ。

 

 いた、いた、植木に囲まれた広場には数人の小学生とその親たちらしい大人らの姿があった。中には

 

観測用のメガネをかけて、天空を見上げている人もいる。

 

 孫もいた。日食観測用シートを手にもって立っている。私は車を止め、サイドブレーキをひいてドアを

 

開けると、つかつかと孫に歩みより、

 

 「おはよう。オバアチャンは観測用のメガネを用意してなかったの。だからシートを貸してね」告げるや

 

否や、有無をいわさず孫の手から日食シートをとりあげた。

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 「ワーッ、それボクんだあ!」と孫は大声であらがったが、私はかまわず〈なに言ってんの。近頃の子供

 

は、長幼の序を心得てないのね〉と胸の中で毒づき、日食シートをかざして太陽を見あげた。シートをと

 

おして見る空はマッ黒で、太陽は黄色くかがやき、右上から内側にむかって弧をえがいて欠けていた。

 

 「ワーッ、きれい」思わず声をあげると、やにわに下から孫の手がのびてきて、私の手から日食シートを

 

むしりとった。

 

 「ボクは学校の宿題をやらなきゃならないんだい」頬をふくらませ、怒りをふくんで向ける眼には角が入っ

 

ている。聞けば、孫のかよう学校は「日食を見てから登校をするように」と授業の開始時間を遅らせて、

 

観測用のシートまで配ったという。シートには、欠けていく太陽の図がいくつかプリントされていて、そこに

 

観測時間を書きこんでいくようになっている。日食を観測して、時間を書き入れていくのが宿題なのだそう

 

だ。

 

 〈フーン、近頃の学校はなんだかだと批判されるけど、なかなかやるじゃないの〉と私は妙に感心をして

 

しまい、「ごめんねえ、オバアチャンたら、そんなこと全然知らなかったのよォ。でもとても見たいから、

 

交代で見せてちょうだいねえ」と、先ほどまでとはうって変わった猫なで声で孫をなだめ、数秒で機嫌を

 

直させてしまった。人間稼業も古希(こき)を過ぎるほどながくやっていると、子供のご機嫌とりなんてチョロ

 

イもんだ。

 

 交代でなんどか眺めているうちに、太陽は三日月を裏返しにしたかたちになった。孫は「七時三〇分」と

 

もっともらしくつぶやき、シートに印刷されたそれらしいかたちの下に時間を書きこんだ。

 

 太陽はますます細くなり、ほっそりと美しい弧をえがいて、指先から切りとられた爪を思わせた。

 

 七時三二分。「オォ、環になった!」と、孫が大声をあげた。「ワァ、凄い、凄い」と、歓声があちこちであ

 

がる。

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 「どれ、オバアチャンにも見せてちょうだいよ」と下手にでると、孫は「すごいよ、きれいだよ」と言いなが

 

らすんなり観測シートを私に手わたした。オタメゴカシが効き目を発揮した。でも長男夫婦に話すときには

 

、祖母と孫との絆(きずな)の深さを感じたと言い換えよう。

 

 シートをかざすと、太陽はいまや見事な金の環になっていた。まさに天体ショーのクライマックスである。

 

 孫に観測シートを返してふと見まわすと、広場の風景がサングラスをとおして見るように薄暗くなってい

 

る。身の周りに冷たい風がたつのを、私は肌に感じた。

 

 〈家の犬たちはどうしているのだろう〉と、なんの脈絡もなく私の思考は我が家の庭さきにとんだ。〈犬た

 

ちは太陽の変化に、なにかを感じているのだろうか?〉

 

 私は犬たちの様子が見たくなった。そこで

 

孫に「ありがとう、さよなら」といったが、孫は

 

天体観測に夢中になっていて、空を見上げ

 

たまま微動だにしない。返事もない。そこで私

 

はさっさと広場を立ち去り、家にむかって車を

 

走らせた。

 

 家に着いたときには、周囲の風景にまだ

 

翳(かげ)りがあった。太陽はもとのかたちに

 

なってはいないに違いない。

 

 我が家の犬たちには、なんの変化も見られ

 

なかった。だらしなく庭に寝そべっていて、私をみるとノソノソと立ち上がり、前足をツッパッテ伸びをして

 

から胴ぶるいで躰の埃をはらうと、尻尾をふって散歩をせがむ鼻声をあげた。その様子に、私はいささか

 

気落ちをした。

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 今回の日食に関連したテレビ番組を数日前見たとき、過去の皆既日蝕で太陽が完全に黒くなったら、

 

ペンギンの群れがいっせいに足元の岩に伏せて眠ってしまうシーンがあった。ペンギンは真面目くさった

 

表情をしていて、全員うちそろってバタッと倒れる姿がいかにもかわいらしく、おかしくて笑ってしまったの

 

だが、どうやら我が家の犬たちは太陽が照ろうが翳(かげ)ろうが、なんにも感じないようだ。少々にぶい

 

のかしらん?

 

 かくのごとき顛末(てんまつ)で、私にとっての世紀の天体ショーはあっけない感じで終わってしまった。

 

だがそれでも、金の環となっていく太陽の移動につれて、地上ではそれを眺める何千何百万、いや何億

 

人という人々の歓声が、大波のうねりのように、ゆっくりと地球上を移動していったに違いいない。そう

 

思うと、私は無性に嬉しくなった。私もその大波の一粒として壮大な宇宙のドラマに参加をしていたのだ、

 

そう思ったからだ。

 

 「待たせたね」と、私は犬たちの首輪に散歩用のライナーをつけながら言った。犬たちはアクビをしたり、

 

尻尾を振ったり、ライナーを引っ張ったりして、はやっている。

 

 いつもの散歩コースにでると金環食が終わったのか、畑や林には初夏のぬくもりと緑のかがやきがもど

 

っていた。甲斐駒ケ岳がひときわ雄大な姿でそびえ、灰色の岩壁を銀色に照り映えさせていた。(完)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
  
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