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空中大開脚 / 谷 克二

 

 「南九州の女は、南イタリアの女に似てる」

 

 そう言ったのは、東京でつきあっているアメリカ人の新聞

 

記者だった。彼は日本滞在もながく、日本語も達者で、ジャ

 

ーナリストだけに人間の特徴をとらえるのがうまい

 

 「どうして?」とたずねたら、「南に行けば行くほど、底ぬけ

 

の明るさと、ストレートな話ッぷりと、人生をオプティミスティ

 

ック(楽観的)に見る姿勢を感じるんだ」

 

 「南といえども人さまざまだよ。いつもピーカン(上天気)

 

みたいな頭じゃ、人生やっていけない」と私は答えたが、ど

 

こか友人のうけた印象が分かるような気がした。南の女、と

 

りわけ長年なれ親しんできた故郷宮崎の女の気質に、私も大いに魅(ひ)かれるものがあるからだ。

 

 しばらく雑談を続け「イタリア的かどうかは分からないが…」と前置きをして思い出話をしたところ、友人

 

はバーのカウンターを叩いてよろこび「イカニモ、南国ノ話ラシイ」と大笑いした。以下はその話である。

 

 

 宮崎県の北部に、北川という川がある。宮崎県と大分県の県境をなす山々からながれだし、太平洋の

 

海原に清冽(せいれつ)な水をそそいでいる。川沿いの山々には樹木が分厚くしげって、ドングリやクリや

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野ガキが多く、かつ山畑はものなり豊かで川には沢ガニがいるから、山野にすむ鳥獣は食いものにこと

 

欠かず、なかんずくイノシシが多いことでも知られている。

 

 イノシシはときおり里にでてくる。数年前だったか人口十万の町にある工場に入りこみ、猟友会が鉄砲

 

をもって追いかけまわす大騒動になったことがある。

 

 北川はいまでこそ護岸工事がなされていて静かな流れになったが、かっては急流が岩を噛(か)み、

 

飛沫(しぶき)をあげて渦巻きながら淵に流れこむ暴れ川だった。土手には洪水にそなえて竹が植えら

 

れ、カシやシイ、ハゼやツバキが混じって茂るヤブとなり、鳥や小動物に格好の遊び場を提供していた。

 

 この北川の渓谷の村に、私が子供のころ知りあった清六とお春というお百姓さん夫婦が住んでいた。

 

 十六歳のある梅雨の日曜日、私はこの川の淵に群れをなしている野性のコイを狙って,銛(もり)を

 

かついでやってきた。

 

 空気が分厚く蒸しあがった日だった。あぜ道を谷川にむかって歩いていくと、清六とお春が川辺の田圃

 

(たんぼ)で苗をうえているのが見えた。二人とも麦藁帽(むぎわらぼう)をかぶり、野良着をきて、お春は

 

モンペをはいていた。モンペは袴(はかま)の様なかたちをしていて、足首でくくる作業用の股引きである。

 

 「ヨーイ!」と声をかけると二人は上体をおこし、お春は田のはずれから汗をぬぐいながら「気をつけな

 

いよ。雨が続いたかい、水がでちょるぜ」と声をかけてきた。清六はひざまで田に入っていたので、片手で

 

会釈をしただけだった。

 

 土手を登ると谷川が見えた。たしかに水量がふえている。淵は水かさを増し、流れに勢いがあった。淵

 

から押し出された水は岩を噛んで泡だち、下流に向かって水勢をましている。急流には荒瀬にあらがうよ

 

うに巨岩が重なり合っていた。そこでは村の子供たちが、岩から岩へとび移りながら水遊びに熱中してい

 

た。

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 私はヨモギをつんでもみしだき、水中眼鏡のガラスをみがいた。クモリを防ぐためである。水辺にたって

 

淵をのぞきこみ、水の深さを計ったり魚影をうかがったりしていたら。突然悲鳴があがった。

 

 「子供が水に落てたッ!」

 

 顔をあげると、波立つ急流に、子供の頭が見えかくれしている。子供は巨岩の間をすりぬけるように、

 

グングン押し流されていく。渦に巻かれれば、水底にひきこまれる。岩の間に吸い込まれれば、水勢で

 

押さえつけられて、水中で身うごきできなくなる。

 

 〈大変だッ〉と思ったが、私は金縛りにあったようにうごくことができなかった。すくみあがってしまったの

 

である。

 そのとき、ヤブの中からお春がとびだしてきた。

 

麦藁帽をはねとばし、流れにはしりこむと、そのま

 

ま水勢にのってぐんぐん子供を追った。二人の距

 

離が見る間にちぢまった。お春の腕がのびて子供

 

の首をとらまえた。お春はすぐに右手一本の横泳

 

ぎにかわり、岸辺に泳ぎついて子供をひきあげた。

 

 お春は、子供の背中を拳(こぶし)でたてつづけに

 

叩いた。子供は水を吐き、大声で泣きはじめた。

 

母親らしい女が金切り声をあげながら、川原にか

 

けおりてきた。子供を抱きしめると、これまた大声を

 

あげて泣きだした。梅雨晴れの光を浴びて、二人

 

は身も世もなく泣きわめいていた。

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 お春が立ちあがった。髪はザンバラになって背にながれ、野良着のえりがはだけて豊満な乳房が

 

白くむき出しになっていた。水に濡れたモンペはピッタリ内股にはりつき、豊かな臀部(でんぶ)をきわだ

 

たせていた。それは子供心にもドキッとするような、豊かに成熟した女の立ち姿だった。

 

 

 その後大人になってからも、私は折につけお春と清六を村に訪ねた。冬なら囲炉裏を囲み、夏なら縁先

 

で香取り線香を燃やしながら焼酎を飲んだ。

 

 お春も清六もいける口だったが、歳をとるにつれ、どうもお春のほうが上戸(じょうご)になっていったよう

 

だ。

 

 「ズダイボ(大酒呑み)じゃ」と、清六はときおりお春をからかった。しかしその声には長年つれそってき

 

た女房への情愛がこもっているのを、いつも感じさせられた。

 

 春の山桜、夏の蛍、秋の紅葉と、野辺に赤く咲いて風にゆれる彼岸花、冬の寒気を裂くモズの声と薄墨

 

色の山々。お春と清六と焼酎を飲んできた時間は、常に詩的情感に満ちていた、

 

〈仲のよい夫婦じゃったなあ…〉と、二人の思い出

 

を、今年の秋墓参りにいったとき跡取り息子に話し

 

たところ、町の工場を一年前に定年退職したばか

 

りの息子は、「ナーンが、親父もオフクロもネコかぶ

 

りじゃわ」と焼酎の酔いで赤黒くなった顔をくずして

 

笑い、人差し指を上にむけて「もう二人とも神さま

 

仏さまになったかい、話してもいいこつじゃろうが」

 

と語りはじめた。

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 お春が六十を過ぎたころの出来事だという。イノシシが夏の実りを狙って、村の畑を荒らすようになっ

 

た。例年のことだったが、その年はとくに被害がひどかった。 なにしろ実をつけたばかりの稲穂は、

 

横ぐわえにくわえて牙でしごく。イモ畑は鼻面で掘りかえして、イモを食いあらす。

 

 一晩で田畑数枚がブルドーザーで掘りかえされたようになってダメになった。そこで村中こぞって、イノ

 

シシが出てきそうな場所に罠(わな)を仕掛けることになった。イノシシ罠は太い木の枝を折り曲げてつく

 

る。ロープで輪を作って、その輪を地面にかくし、イノシシが輪に踏みこむと、枝が勢いよく跳ねあがって

 

宙吊りにするのである。

 

 清六も罠をつくった。だが生れつきズボラな性格だったので山には入らず、田圃のちかくのヤブに仕掛

 

けをつくった。

 

 その罠に、あろうことか女房のお春がひっかかったのである。

 

 ちょうど夏祭りの宵(よい)のことだった。お春は浴衣(ゆかた)の着流しで祭りの広場にでかけた。昔

 

気質だったから浴衣の下には腰巻き(肌にじかに巻く布)しかつけていなかった。つまりノーパンである。

 

そのお春は祭りのふるまい焼酎に酔ったまま、小用をたすためヤブにはいっていったというのである。

 

そして清六が仕掛けたイノシシ罠に片足をとられた。

 

 片足をひきあげられて宙吊りになったお春は、ちょうどホウズキの皮をむいたように浴衣の腰から下が

 

めくれて上半身にかぶさり、下半身まるだしの「空中大開脚」となってしまった。

 

 「ワーッ、だれか、助けてくりィ。でも男はくんなァ、女がきて助けてくりィ」ヤブの中から助けをもとめる

 

わめき声を、最初に聞きつけたのは亭主の清六だった。

 

 「いまいくどゥ、まっちょれぇ」

 

 「くんなァ、男はくんなァ」

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 「俺じゃァ。清六じゃァ。お前ン亭主じゃァ」

 

 「亭主でん、男は男じゃァ。男はくんなァ、女がきて助けてくりィ」

 

ヤブ越しのかけあいは、村の女衆が手斧をもってやぶに走りこむまでつづいたという。事件はクスクスと

 

しのび笑いで話す一ッ話として、村にのこった。

 

 「長年連れ添うてきちょっても、あんげなときは、あんげなもんじゃろかい?」と、私はたずねた。

 

 跡取り息子は焼酎の入ったコップをなめながら、「男は男、女は女ちゅうこつかなァ。相手が亭主でン、

 

片足逆さ吊りでスッポンポンになってしもうた下半身を見らるッとは、女なら嫌なっちゃろうなァ。あんげな

 

ところに罠を仕掛くるバカがどこにおるかちゅうて、お袋はときどき親父を責めよったぜ」

 

 「で。親父さんはどんげ言うちょったか?」

 

 「黙っちょるだけじゃった。そっでん、俺と二人だけで焼酎飲んじょるときに、フン、祭のタダ焼酎をくらい

 

過ぎて、ションベンしにヤブに入ったほうが悪りィとじゃと毒ずいたこつがある」

 

 「何年になるかなア」

 

 「もう、かれこれ二十年前のこつかなあ。親父が逝(い)ってかい十年、お袋が逝ってかい、もう五年じゃ」

 

 沈黙が、フッと私と跡取り息子の間を支配した。手にもつコップの中で焼酎がゆれ、イモの香りが沸き

 

あがってきた。

 

 秋の夜風が障子をうって吹きすぎていった。(了)。

 

 

 

 

 
  
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