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沈丁花 / 児玉 和子

 題は忘れたが、締めだしをくった放蕩息子(ほうとうむすこ)を題材にした落語がある。

 

 向かいの家の小町娘も、夜ふかしをして締めだされ、かくして放蕩息子と小町娘はお互いにそれぞれ

 

の事情を語り合うことになる。

 

 「俺はもっとはやく帰るつもりだったのに、締めだしを

 

くっちゃったよ」

 

 「私もカルタをとっていて、締めだしをタベチャッタのよ」

 

 「締めだしをタベチャッタはないだろう?」

 

 「だって、女ですもの。くっちゃったなんて言えないわ」

 

 

 そういわれると、慣用語、熟語、格言、ことわざの類に、

 

女は口にしにくいものが多い。

 

 「カエルのツラにションベン」。カエルのツラに水、ともいう

 

が、ツラやションベンは言いにくい。

 

 「百日の説法、屁(へ)ひとつ」「屁ともおもわない」「屁をたれて尻(しり)かくす」。子供のころとったイロハ

 

カルタでおなじみの言葉でも、大人になると口にしにくい。若い女性はなおさらである。

 

 「沈香(じんこう)も焚かず、屁もひらず」の沈の字は、音読みだとチンなので素直にチンと呼んでしまう

 

人がときどきいる。沈香(じんこう)は、沈丁花(じんちょうげ)科の常緑樹からとった香料で、優良品は茶席

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などで珍重される伽羅(きゃら)である。

 

 女は口にしがたい言葉が多いといいながら、私はついはし

 

なくも多々書きならべてしまった。それというのも、庭の沈丁

 

花が、まだ一月というのに、春にそなえて固いつぼみをつけ

 

ているのをみつけてうれしくなり、心が華やいで、思うがまま

 

に筆が走ってしまったからである。沈丁花は、春がまちきれ

 

ないように、二月の末には馥郁(ふくいく)たる香りをただよ

 

わせて咲く。

 

 沈丁花は私の好きな花で、そのうえ私にはこの花が大好

 

きという友人が二人いる。

 

 「チンちょうげ、咲いた?」二人は別々の友人で、別々の日

 

にくるのに、申し合せたように、チンちょうげ、という。最初にあっさり訂正すればよかったのだが、いまと

 

なっては間がぬけて言いにくい。

 

 今年の春も、二人の友人はチンちょうげをとりにくるにちがいない。

 

 私も黙って、ジンちょうげを切ってあげよう。(完)

  
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