1

年賀状 / 児玉 和子

 

 元旦には年賀状が、輪ゴムで束ねられたりしてとどく。二日は郵便局が休日。その

 

あとは日に一、二枚の年賀状が配達されて、七日あたりでそれも絶え、賀状の交換

 

は終わる。毎年、お年玉つき年賀状は早々とかっておくのに、師走も押し迫ったころ

 

になって、〈こんな習慣を考えた人は、獄門磔(ごくもん・はりつけ)だ…〉などと、恨み

 

ながら年賀状書きに取り掛かる。まず、喪中のハガキと照らし合わせながらリストから外す。さて、と新春

 

の喜びの言葉を決めると、六〇枚ばかりのハガキに、同じ文言を書きこむ単純作業にはげむ。これが

 

済むと宛名を書いて、いちおう投函できる状態になるが、宛名を確かめながら、

 

「太郎君もこの春はパパですね」と、ご子息の近況をとりあげたり、

 

「花子さんのお喜びの挙式がすぐですね。お忙しくいらっしゃると存じます」

 

「今年もお子様方がお集まりで、楽しいお正月と存じます」などと、ひとこと書きそえる。

 

 ここまでくると「忙中閑あり」、この作業は親しい人とのおしゃべりにも似て、面白くなる。獄門、磔のグチ

 

は消え、来年はもっとはやく楽しみながら書こう、などと反省もする。

 

 昨年は、この一筆添えで、危うく大失敗をするところだった。親類の娘が、相思相愛の結婚ということに

 

なり、新春早々の挙式に私も招かれていたので、「A子さんのご新居もお決まりになったとうかがいました

 

。新しい年がまたれます」

 

2

 

 ここまで書いて、ハッと気づいてよかった。この文章な

 

ら、挙式は新年の次の年のことになってしまい、まずは

 

当世風に同棲生活から始めるということになってしまう。

 

〈オバアちゃまァ,進んでるう!〉とかえって喝采をあびる

 

だろうかとも一瞬かんがえたが、ここはひとつグッとわが

 

心にブレーキをかけて、〈師走に新年のあいさつをする

 

のが、そもそも間違いのもとになるのだ!〉と勝手な

 

責任転嫁をして早々に書き直した。

 

 書き損じたハガキには、宛名の上に小さなバツ印をつけて取りのぞいておく。去年は書き損じたハガキ

 

が何枚か「切手シート」に当選したが、一枚はバツ印が勢いあまって当選番号にかかってしまい無効になって

 

しまった。学習した私は、以後バツ印をちいさくした。

 

 毎年一金五〇円也のハガキを四、五枚書き損じるが、最下位ながら切手シートが二、三枚は当たるの

 

で、プラス、マイナス、ゼロといったバランスを保っている。

 

 夫が存命中だったころは、印刷されたたくさんの年賀ハガキの中から、私に関係のある親族、共通の

 

友人を選りだし、コバンザメよろしく、夫の氏名にソッとよりそって、和子と書いて済ませていた。

 

 自分で段取りをするようになってみると、年賀状の多くがパソコンを使ったものと気づいた。活字体で

 

はなく、まるで毛筆で書いたと思わせられるものもある。

 

 「パソコンで簡単につくる時代なのよ」と言ってくれた友人の気持ちもよくわかるし、パソコンは確かに

 

優れものだ。だが保守的といわれようと、古いといわれようと、認知症にならないかぎり、私はいままで

 

どおり金釘流手書きの術でいきたいと思っている。

 

 一月二十三日は、お年玉年賀ハガキの抽選日である。

3

 

 どうか、プラス、マイナス、ゼロになりますように…。

 

 どうか、切手が三枚、当たりますように…。(完)。

  
−Copyright (c) 2008-2012. Kashinokikai. All rights reserved.−