1

パリの空の下、セーヌは流れる / 結城 桂

 

 パリに住み始めてフランス人の話す言葉を聞きとったり、理解したりするのに私が神経を集中していた

 

ころ、この国の人たちの多くがジャンルを問わずに、「とにかく、やってみよう。先のことはわからない」とい

 

う言葉をよくつかうことに気づいた。私は当初、そうした言い回しにあまり注意をはらうこともなかった。

 

 私は、長期滞在者用の部屋もあるホテルの六階に住んでい

 

た。そして毎日ダンス・クラシックのレッスンにかよい、時間が

 

あれば美術館を訪れ、音楽会、オペラやバレエのコンサート、

 

演劇に出かけて、日曜日には図書館通いといったように、かな

 

りせわしない日々を送っていた。ホテルの六階では、廊下をへ

 

だてた向かいの部屋に、フランス人の老婦人がひとりで住んで

 

いた。ホテルのオーナーの話では、マダムBというその老婦人

 

は、パリから汽車で二時間ほどの県にある私立女子校の校長

 

だったそうである。パリ近郊にも豪壮な館を所有してるというこ

 

とだったが、そこには息子夫婦が住んでいるという。大学教授

 

である彼女の弟も同じホテルに住んでいて、オーナーの言に

 

よれば変人だそうだ。

2

 

 教授の部屋は、私の部屋のちょうど真上にあった。毎朝早く螺旋階段をドタドタと足音高くかけおりてき

 

てはマダムBの部屋に入り、これまたもの凄い音でドアをバターンと閉める。教授は姉の部屋で朝食をす

 

ませて出かけるのである。

 

 私はすでに目覚めてはいるのだが、連日のレッスンで体中の筋肉が痛くてなかなかベッドから離れられ

 

ない。それがこのドアの閉まるすさまじい音で、ベッドからはじき出されてしまう。体中の筋肉が悲鳴をあ

 

げ、関節がきしむままによたよたとキッチンに歩いて朝食の支度にかかる、それがいつの間にか習慣と

 

なってしまった。

 

 しかしながら、この大学教授もときには寝過ごしてしまう。すると朝食もとらずに七階からエレベーターで

 

一階に直行し、出かけてしまう。

 

 ある朝、私の部屋のドアがノックされた。「開けてちょうだい」というマダムBの声が聞こえる。ドアを開け

 

ると、まだ湯気のあがっている美味しそうなフレンチ・オムレツになにかしらの付け合せがついた大皿をも

 

って、マダムBがにこやかな笑顔でたっていた。「弟はまた朝食もとらずに出ていってしまったのよ。

 

あなた、このオムレツ食べてくださらない? 朝ごはん、まだでしょ?」 そう言われると、卵好きで食いし

 

ん坊な私は、「あら、美味しそう。ありがとうございます」と、ついニッコリうけとってしまった。そのようなこ

 

とが何回か重なると、〈いただくばかりでは…〉と、私も東京の実家から虎屋の羊羹(ようかん)や美しい

 

京菓子などを送ってもらい、お返しとした。

 

 そのうち母から「マダムBさんからフレンチ・オムレツの作り方をならって、レシピを送ってちょうだい」

 

と言ってきた。私が手紙でことあるごとに、マダムBのオムレツの美味しさをほめたたえるからだった。

 

恐る恐るマダムBにおうかがいをたてると、「いいわよ。お安いこと」と二つ返事で引きうけてくれた。

 

3

 次の週の日曜日に、私は卵と付け合せのシャンピニオン(マッシュルーム)、バター一ポンドと塩、胡椒

 

などの材料をもって、マダムBの部屋を訪れた。彼女はキッチンに立つと、卵を二つ割って陶器のボール

 

 

に入れ、塩と胡椒をくわえるとかなりの時間をかけて

 

かきまぜた。それからガスに火をつけ、焔を小さめに

 

調節するとフライパンをのせた。フライパンがほどよく

 

温まった頃合いを見はからい、マダムBはバターを落

 

とした。その量たるや、ちょっと日本ではかんがえられ

 

ないほど大量である。私が驚いているうちに、バター

 

は溶けてフライパンにひろがり細かい泡になった。

 

マダムBはかきまぜた卵をボールからフライパンにな

 

がしこんだ。そのときマダムBはガスの栓をつまんで

 

焔を強めたが、すぐに焔をちいさくした。かき卵の表面がすこし黄金色がかってきたかなと思ったとき、

 

マダムBは大きなフォークで固まってきた卵をひょいと二つに折り、フライパンをゆすって器用にひっくり

 

かえした。どこにも焦げ目がついていない。オムレツの色は次第にキツネ色にかわっていく。マダムBは

 

オムレツを、すばやく、さらに二つ折りにすると、お湯を沸かしている鍋の上に置いたお皿に移した。フラ

 

イパンには、まだ溶けたバターがのこっている。するとマダムBは、シャンピニオンの泥のついている部分

 

をナイフでちょんちょんと切り落とし、洗いもせずにフライパンにほうりこんだ。バターがたっぷりしみこむ

 

まで念入りに転がしている。私はその手際のよさに呆気にとられて、茫然となってしまった。そして教えを

 

こうたにもかかわらず、「私にできるかしら…」と思わずつぶやいた。

4

 

 するとマダムBは、すかさず「あなたは私のすることを、しっかり見ていたわ。まずはやってみるのよ。

 

やってみなければわからない」と言い、「セーヌ川の水はいつも流れている。でも川底はかわっていくし、

 

岸辺の景色もかわっていく」と、なんだかシャンソンで聞いたことがあるような文句をつづけた。そしてさら

 

に「人はなにかに興味をもったときには、まずやってみるものなのよ。なにができるかはわからないけど、

 

一度試してダメだとしても、二度目にはできるかもしれない。何回やってもできないこともあるでしょう。

 

でも繰りかえしくり返し試みると、そこからなにか得るものはあるものよ。なにもせずに頭からダメだと

 

決めてしまうのは、人間として不幸なことじゃない? ましてや、これはたかがオムレツを作るだけ」そう

 

言って、マダムBはオッホッホと上品に笑った。彼女はもともと校長先生だったからお説教はお手のもの。

 

私も女学生にかえって懇々(こんこん)と諭されたような気分になり、オムレツののったお皿を手にして

 

自分の部屋にかえっていった。

 

 オムレツ作りはなんど失敗して、卵を焦がしてしまったことか…。見た目のデキはよいが、中味の煮え

 

具合がベチャベチャだったり、形よくできあがっていたようでも、どうもその姿かたちが気に食わなかった

 

り、なかなか思うようにはならなかった。ところが、いつしか我ながらほれぼれするようなフレンチ・オムレ

 

ツが、苦もなく作れるようになった。そして、〈これぞ傑作!〉と叫びたくなるようなオムレツが作れたある日

 

、私はマダムBにわが作品を見せにいくという積極的な行動をとっている自分に気づいた。マダムBは

 

オムレツを見て、野辺に咲く美しい花を見つけた少女のようによろこんでくれた。私はそのときから、少し

 

づつではあるが、ものごとをポジティブにかんがえ、意欲をもって取り組むようになった。〈フランス人のよ

 

うに、あまりにも楽観的でもチョットどうかと思うが、すべてをのっけから否定していたら、それこそなにも

 

進まないではないか〉そのように思ったとき、なぜか異国に住んでいるのにもかかわらず、母がよく口にし

 

ていた上杉鷹山の句が脳裡にうかんできた。なせば成る、なさねば成らぬなにごとも、なさぬは人のなさ

5

ぬなりけりそれ以来なにかむつかしい問題に突き当たると、私はなぜかあのフレンチ・オムレツつくりと

 

上杉鷹山のこの句を思い出すようになっている。(完)。

 

  
−Copyright (c) 2008-2012. Kashinokikai. All rights reserved.−