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若いお坊さん / 沖 多津子

 

 地下街を足早に歩いていたとき、いきなり濃厚な香りに包み込まれるような気がして眼をあげた。すれ

 

違っていったのは、精悍な感じのアラブ系の男性だった。香りの余韻が私にのこされた。アァやはり…、と

 

いう思いがした。

 

 この「やはり」には、二つの思いがこめられている。ひとつは、香りの

 

主が日本人男性ではなかったこと。そして、もうひとつは甘い濃厚な

 

香りをまとっていた人が欧米系ではなく、アラブ系の男性だったこと

 

だ。日本の男性はほとんど香りを身にまとわないし、欧米系の男性は

 

一般的に植物系のさわやかな香りを好むような気がする。これは私

 

の独断なのだが、何年かの海外生活でえた感覚でもある。

 

 私はひさしぶりに鼻腔をながれていった甘い香りの余韻を楽しみ、

 

幸せな気分になった。アラブのどの国の、誰かも知らない男性からのささやかな香りのプレゼントは、

 

その日の私の残りの時間を心楽しいものにしてくれた。

 

 少女のころ、母の留守中にかすかな罪悪感をともなった胸のときめきを感じながら、化粧台から香水の

 

ビンをだして蓋(ふた)を開け、かぐわしい香りをそっとかいでみたものだった。それは母をとおして感じる

 

大人の女性の神秘であり、優雅なものへの憧れだった。

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 成人式を迎えたとき、兄のフィアンセがフランス製のオードトワレをプレゼントしてくれた。

 

「ときのながれ」というその名前と、あまくやさしい香りに魅せられて、ながいことその香りを愛してきた。

 

 四〇代半ば、海外で仕事をするようになってからは、香りは必需品になった。どこでもだれでも、私のま

 

わりにいる人たちは多かれ少なかれ香りを身に着けていた。とくにパーティーに香りをつけないで出かけ

 

たときには、忘れものをしてきたようで、心もとない感じがしたものだ。

 

 私が勤めていたイギリスのカレッジでは、女子学生のみならず男子学生も香りを身につけていた。男女

 

を問わず、これはもう身だしなみのうちなのだ。学生達と話をしているときなど、「ところでミセス・オキ、

 

今日あなたの着けている香りはとても好きです」とか、「エザム! なんていい香り」「ありがとうございま

 

す。これはエタニティです。名前もすてきでしょう?」などという会話が日常的にかわされるほど、香りには

 

皆興味をもっている。こうした環境は、私にとってたいへん心のはずむものだった。イギリスでは香水では

 

なくもっぱらオードトワレを使っていたが,毎朝シャワーの後に「今日はどれにしようかな・・・」と鏡の前で

 

瓶をとり上げ迷ってみるのは、異国の孤独な生活の中で味わうささやかな楽しみだった。

 

 仕事の契約期間が終了して帰国をするとき、「これが最後になる」と思いながら免税店で気に入った香り

 

をいくつも買った。ところが契約は四回も更新されたので、香りの箱は我が家の私の部屋でチェストの

 

引き出しの一段をまるまる占領するまでになった。

 

 ある時期から、私は香りを身にまとわなくなった。

 

 十年ほど前だったろうか、趣味の仲間と食事をしていたとき、コー

 

ヒーの話になった。仲間の一人に若い女性がいて、そのころコー

 

ヒー店で働いていたので、話はその女性を中心に盛りあがったの

 

だが、話の流れのなかで、彼女は突然つぎのように言った。

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 「イヤなお客はいろいろいるけれど、なんたって一番イヤなのは香水をつけている人。匂いをプンプンさ

 

せながらコーヒー店にやってくる人の気が知れない。腹が立って、店の外に蹴りだしたくなるの。よく温泉

 

に〈刺青のある人、お断り〉って書いてあるでしょう。うちの店でも〈香水をつけている人、お断り〉って看板

 

を出したいくらいよ」私は冷や汗の出る思いだった。客が身につけている香水の匂いが、馥郁(ふくいく)た

 

るコーヒーのアロマをだいなしにしてしまうのだ。いま流行をしているチェーン店のカフェならいざ知らず、

 

本格派のカフェではコーヒーは味、いやそれ以上に香りも大切なのだ。

 

 考えてみると、このことはコーヒーのみならず、いろいろな場面でも想定できる。例えば繊細な日本料理

 

などにも、西洋の香りはそぐわないかもしれない。もしかしたら私の気づかないところで、私の身につけた

 

香水の香りがお店の人たちを不快な気分にさせ、「蹴りだしたい思い」にさせてしまったかもしれない。

 

そう思うと、自分の配慮の浅さに恥じ入る気持ちだった。

 

 そのようなことをあれこれ考えていくうちに、私は日本では香りをつけることに臆病になってしまった。

 

いまでは、めったに身にまとうこともない。その結果、私のチェストの引き出しには、出番をまつ香りの箱

 

がたむろするありさまとなった。たいていの香水が、もう十年以上も前のものだ。成分が変化をしてしまっ

 

ているかもしれないので、だれか友人にでも使ってもらう訳にもいかない。いずれ処分をせねば・・・と思い

 

つつも、それぞれにセンチメンタルバリューがあり、なかなか実行に移せない。チェストの引き出しを開け

 

るたびに、恨めしくも思い悩むこのごろではある。(完)。

  
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