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さしもぐさ / 児玉 和子

 

 百人一首で遊ばなくなって、何十年という歳月が過ぎたように思う。

 

 だが、いまでも正月三ヶ日が終わったころ、私は百人一首を、独り楽しむ。

 

 草や花に託して詠みこまれた和歌には、こころ惹かれるものが多い。

 

 

    さしもぐさ かくとだに えやはいぶきの、

 

      さしもぐさ さしもしらじな もゆるおもいを

 

           藤原(ふじわらの)実方(さねかた)朝(あ)臣(そん)

 

 

 昔、カルタ取りをして遊んだ少女のころ、さしもという名前の草だとおもい、「さしもしらじな もゆるおも

 

いを」では、燃えるように赤い花を連想した。

 

 カルタ取りで、私が取ることのできる数少ない札の一枚だった。

 

 昨年の暮れに読んだ随筆に、さしもぐさはヨモギの

 

異称とあり、ヨモギからモグサがつくられるとも書い

 

てあった。

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 藤原実方朝臣が―伊吹山のさしもぐさのように、燃ゆる想いを、あなたはごぞんじでしょうか―と、秘め

 

たる心のうちを、さしもぐさに託して詠んだのが、前述の かくとだに えやはいぶきのさしもぐさ さしもし

 

らじな もゆるおもいを である。

 

 新勅撰和歌集にも、さしもぐさ 燃ゆる伊吹の山の端の いつともわかぬ想いなりけり と、さしもぐさを

 

詠みこんだ、どなたかの恋の和歌が載っている。

 

 平安貴族はさしもぐさになぞらえて、和歌(うた)をものするのがお好きなようである。

 

 カルタ取りに興じた少女のころ、藤原実方朝臣のこの和歌は、燃ゆるおもいの恋心を詠んだと知り、

 

ヨモギからモグサができると知ったとしても、恋とは何かも知らないまま、ナルホド「さしもぐさ」から「さし」

 

をとれば「もぐさ」になる。

 

 ―だからモグサは燃えるのだ―などと、藤原実方朝臣の「燃ゆる想い」に重ねて納得したに違いない。

 

 

  
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