1

十年ぶりのロンドン / 沖 多津子

 

 冬のロンドンは、低く垂れ込めた灰色の雲の下でよどんでいた。その重苦しい色調を突き破って、ロンド

 

ン名物の二階建てのバス「ダブルデッカー」が走っている。鮮やかな赤い車体はくすんだ町並みから浮き

 

あがり、まるでそこだけに光が集中しているかのようだった。天気や季節がどうあろうと、ものが新しかろ

 

うが古かろうが、すべてが渾然一体となって違和感がない。いや、違和感をもたせないところが、ロンドン

 

のロンドンたる所以(ゆえん)だ。イギリスを離れてもう十年の歳月が過ぎているのに、ついこの間まで暮

 

らしていたような気がした。

 

 

 たぶん中学生のころだったと思う。そのころ読んだ本に、こんな言葉があった。「あなたがロンドンに飽き

 

たときは、人生に飽きたときである」。それがだれの言葉なのかも、またその前後の文章がどうであった

 

かも覚えていない。しかし「ロンドンは光りかがやく都。そこには、心をときめかすようなものがいっぱい詰

 

まっている」と子供心に単純に受けとめ、以来ロンドンは私の心の中で光をはなちつづけた。

 

 しかしいまから二十年前、イギリスで生活する機会をえて胸踊る思いで対面したロンドンは、それまで

 

抱きつづけてきたイメージを、見事に裏切ってくれた。

 

 

 光りかがやいてもいなかったし、心ときめくようなこともなかった。街は灰色に沈み、経済の悪化で通り

 

には失業者があふれ、街角や地下鉄の駅の前では若者が平気で物乞いをしていた。彼らはプライドだけ

2

 

は高く、くれるならもらってやるといった横柄(おうへい)な態度で手をさしだした。「栄養失調で痩(や)せ

 

こけながら、それでもくたびれたシルクハットをかぶり続けている紳士」。これが初めのころ、私が抱いた

 

ロンドンの印象だった。

 

 長いこと抱いてきた思いを否定され、私はロンドンに反発した。しかし反発しながらも、少しずつ取りこま

 

れていった。ロンドンは大都会といっても、東京と比べるとこじんまりした街だ。観光名所めぐりから一歩

 

踏み出した探索さえ、それほどの時間は必要ではない。どこにどんなものがあるかを知るくらいなら、

 

一週間もあれば十分だ。

 

 デパートや商店、レストランも洗練されているとは言えず、サービスもよくなかった。最もこの点について

 

は、「イギリス人の観念の中に、サービスという言葉があるのかどうか」が、まず問題になるのだが。

 

 

 そして今回十年ぶりに再会したロンドンは、ほとんど変わってなかった。これはうれしいというべきなの

 

か、悲しいというべきなのか…、複雑な気持ちだ。地下鉄は十年前より幾分改善されていたが、やはり駅

 

のエスカレーターはあちらこちらで故障中、動かないエスカレーターの階段を人々は黙々と上り下りして

 

いる。コインを呑みこんだまま切符が出てこない自動券売機も、相変わらず健在だった。

 

 ロンドン発の新幹線インターシティーにして、今回利用したときは時間通り運行されなかった。1960年代

 

の車両が、シュルーズベリーのローカル線ではいまなお現役で活躍している。イギリスは鉄道発祥の国

 

であるにも拘らず、いまや鉄道三流国になってしまったのではなかろうか。

 

 私が泊まったホテルの洗面所や浴槽も、いまだに水とお湯の蛇口が別々になっていた。辺鄙(へんぴ)

 

な田舎町の話ではない。ロンドンの中心街の四ツ星のホテルにして、この旧態然としたありさまが変わっ

 

ていないのである。だから、日本人にはすでに当たり前になっているウオームレットやウオッシュレットの

 

便座など、イギリス人には電気の無駄づかいくらいの代物(しろもの)でしかないのかもしれない。古いも

3

 

のを大切にするお国柄は、それを利用する人間に対する配慮を二の次、三の次にしてしまうのだろう。

 

 いや、そう思うのは私みたいな他国からやってきた者だけで、イギリス人はその状況に満足していない

 

までも、彼ら独特のユーモアで、それらを楽しんでいるのかもしれない。

 

 「オー、これぞ懐かしのイギリス! さすがは伝統の国。十年の歳月にもすこしも揺るがず、この非生産

 

的、非能率的な伝統をしっかり守っていることよ!」と、ある種の感動すら覚える。だから私は、ロンドンに

 

飽きないのかも知れない。

 

 こうゆう状況を逆手(さかて)に取ったイングリッシュ・ジョークがある。

 

 アメリカ人のビジネスマンがヒースロー国際空港からタクシーに乗ってロンドン市内に向かった。ハイウ

 

エーを行くとき、遠くに高層ビルが見えた。「あれは、なんだ?」とアメリカ人は運転手に訊ねた。「○△ビ

 

ルです。建設に三年かかりました」「へぇ、アメリカならあんなビル、半年で造れる」。タクシーはやがてロ

 

ンドン市内に入った。一段と高い高層ビルが見えてきた。「あれは、なんだ?」とアメリカ人のビジネスマ

 

ン。「XYビルです。完工まで五年かかりました」。「そうかい。アメリカなら、あの程度のビルなど三ヶ月だ

 

な」。タクシーはテームズ川に沿って走っていく。有名な英国国会議事堂が見えてきた。「ありゃ、なんだ?

 

」「さぁ、存じませんなあ。昨日まで、ございませんでしたから」。

 

 

 非能率的生活だから、日本のように忙しくない。あまりに便利で変化の早い生活は、人々を振り回して

 

疲れさせる。そして飽きやすくしてしまう。私はときとして、日本の生活がハイテンポの行進曲の上を流れ

 

ていくように感じることがある。現にイギリスから帰ってきて成田空港のロビーでテレビに目を向けたら、

 

画面に「首相が辞任して、自民党総裁選挙に五人が立候補」というニューステロップが飛び込んできたの

 

で驚いた。たった二週間いない間に、在任期間一年足らずの総理大臣が内閣を放り出し、新しい総理大

 

臣に変わる事態になっているような日本から、十年も離れていたらもう完全な浦島太郎(花子?) になって

4

 

しまうだろう。

 

 しかし十年ぶりに再会したロンドンは、相も変らぬ不器用な

 

姿をさらしていた。その中で、私は懐かしさと共に、ある種の

 

やすらぎ感じていた。日本の生活がフォン・カラヤンの指揮す

 

る交響曲とすれば、ロンドンの生活はフルトヴェングラーの

 

指揮する交響曲のようだ。華麗でもエキサイティングでもない

 

が、ゆったりとしていて奥行きがあり、心を遊ばせるゆとりが

 

ある。ついでながら、ベートーベンの交響曲「運命」はフルトヴ

 

ェングラーの指揮にかかると、カラヤンの指揮による演奏より

 

演奏時間が十分長くなる。ロンドンも、そのような街であると

 

思う。

 

 変わらないロンドンとはいえ、変化していたことももちろんあ

 

った。その最たるものは、乞食を一人も見なかったことと、物価高だ。物価は十年前も高かったが、さらに

 

高くなっていた。地下鉄の初乗り料金は千円近くもする。少し洒落たレストランでランチでも食べようもの

 

なら、すぐに一万円位になってしまう。もっとも、この原稿を書いている平成21年2月現在では、円高だか

 

ら30パーセントは安くなっているだろう。それでも、初乗り七百円、ランチは七千円ということになって、

 

どうにも高いと思わざるを得ない。私は今回のロンドン滞在の二週間、レストランに行くたびごとに、

 

<アァ、これが日本なら、三分の一の値段で食べられるのに…>と、悔しがった。八月にだけ特別内部

 

見学が許されているバッキンガム宮殿も、いくつかの部屋を見るだけで、料金は三千円…。

 

 

 だがその反面、大英博物館やナショナルギャラリーなど、無料で楽しめる施設も健在でホッとさせられ

5

 

た。大英博物館のライブラリールームは設備が整い、多くの学徒が読書や資料調査に集中するにふさわ

 

しい静寂に満ちていた。

 

 そしてロンドンで私が一番好きな場所、街に広がるいくつかの公園は、どこも隅々まで手入れが行き届

 

いて驚くほど美しい。実際ロンドンはいくつもの公園に囲まれて街が存在しているかのような印象をうけ

 

る。ひとつの公園を探索しようと思えば、とても一日では終わらない。そしてそれらは、四季折々、その時

 

そのときで違った顔を見せてくれる。毎日行っても飽きることはない。

 

 泊まっていたホテルは、ケンジントン公園まで歩いて五分のところにあった。私は毎朝、朝食の前に

 

散歩をしにいった。ケンジントン宮殿の前には、いまだに故ダイアナ妃に花束が捧げられている。その花

 

束を眺めたり、メッセージカードを読んだりしながら、緑の中を歩くのは楽しかった。非能率的な不器用さ

 

に満ちてはいても、ロンドンには人間性が満ちている。不思議なほど気持ちが落ち着く。

 

 こういう話はどうだろう。二十年ほど前のことだが、ロンドン

 

で電力会社のストによる長期の停電があった。そのとき街の

 

住人たちは、コンビニやスーパーで蝋燭(ろうそく)を買って

 

夜をしのいだ。一本ずつ買う人が多かったという。

 

<まとめ買いすれば、手間がはぶけるのに…>と、いぶかし

 

く思った日本人が客の一人に尋ねると、「そんなことしたら、

 

買えずに困る人が出るじゃないか」。<当たり前のことを、ど

 

うしてたずねるのかい?>というように平然と答え、ユーモア

 

たっぷりな笑いを浮かべたという。

 

 不満を言いつつも、その一方で不便ささえ心の余裕で包んで楽しんでいる…、人間に対してやさしい。

 

 「だから…」と、私はつくづく思う。

6

 

 昔読んだ本の言葉通り、私はロンドンに飽きることはないのかもしれないのだ、と。(了)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  
−Copyright (c) 2008-2012. Kashinokikai. All rights reserved.−