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セコムの功罪 / 児玉 和子

 

 「昨日夜中の二時に、ピストルをもった男が二人はいってきたの」

 

 こんなことを電話で知らされたら、たいていの人は驚いてしまう。ましてや肉親だったら、混乱しながら

 

「ケガはないか!」とまっさきに聞くはずだが、わが娘は「フーン」といったあと、「それでどうなったの? 

 

はやく結末をいってよ」と、あわてもせず私をうながした。

 

 

正直に事実を伝えながら、相手は事実以上の想像をして

 

しまうこの種の言い回しで、私はなんどか娘をカラカッタ

 

ことがあるので、彼女は慣れっこになってしまった。

 

 

 私は一人暮らしの老女だが、いまのところ心配もせずに

 

毎日楽しく日を送っている。

 

 子供達には「せめてセコムのセキュリティを利用してほし

 

い」と言われ、ここ数年セコムのお世話にはなっている。

 

しかしながら、かといってこの警報システムが実際に役立

 

ったことはない。セキュリティが作動してセコムの警備員に

 

数回駆けつけてもらったことはある。しかしどれも私の単純ミスが原因で、平謝 (ひらあやまり) にあやまっ

 

ておひきとりを願ってきた。

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 今回も私のミスだった。私は「在宅セコム」をONにして寝るのだが、それを無視した乱入者(らんにゅう

 

しゃ)があったときのために、ボタン一つで直接セコムにつうじるリモコンが置いてある。しかし間違って押

 

してしまうおそれがあるので、ふだんは裏がえしにして枕もとにかくしている。それがどうした訳か表がえ

 

ってしまい、寝がえりをしたときに枕で押されてしまったらしい。そして少々大きい騒ぎになってしまった。

 

 私は寝入ったら朝まで目ざめないほどの寝坊(ねぼう)だが、ある夜あまりに騒がしい人声に目が覚め

 

た。

 

 「児玉さん! 中野警察署です」と玄関でくりかえされる大声にとび起き、ガウンも羽織らずベッドをけっ

 

て玄関に走った。ライトがドアの外で交差してものものしい。私は訳がわからないまま〈とにかく外の叫び

 

声先をとめるのが決だ〉と、ドアを開けた。なだれこむようにして二人の警察官がはいってきた。まず、腰

 

のピストルが目にとびこんできた。

 

 〈本物のピストル!〉

 

 私は古い映画でも見てるような気がして事情がのみこめない。そのとき急に謎がとけた。

 

 そうか! あの非常ボタンがなにかの拍子に押されてしまったのだ。警察官も勢いこんで入ってきたも

 

のの、棒をのんだような顔でツッ立っている私を見て、状況が理解できないらしい。

 

 「いったい、なにがあったんですか?」

 

 「私がまちがって、非常ボタンを押してしまったらしいのです」

 

 「そのボタンはどこにありますか」二人を寝室に案内して、私は驚いた。セミダブルのベッドに二個の枕

 

が散乱し、掛け布団もシーツも狼藉をきわめていた。

 

 フランス小話あたりで、間男があわてふためいて逃げ隠れする物語の挿絵では、こうした状態のベッド

 

や、窓ぎわに手をかけて外側にぶらさがっている男の図などが登場する。

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 私はこの状況に言い訳がしたかった。せめて、

 

暑がりの私は、二個の枕を交替でつかっている

 

ことだけでも言いたかった。だが警察官は、「ご

 

家族は何人ですか?」と好奇心もあらわに質問

 

した。事実をいうほかはない。

 

 「ひとりぐらしです」

 

 「…」 私は一刻もはやくこの寝室を離れたかっ

 

た。

 

 「寒いのであちらに行きましょう」

 

 警察官を居間に案内し、ストーブをつけた。そこにセコムの屈強そうな警備員が到着。

 

 向かいの家からは「なにかお力になれますか?」と頼もしい電話。

 

 事態はものものしく展開していく。警察官はセコムの警備員と事務的な言葉をかわし、「ご近所と助け合

 

うことはいいことですね」などと言って引きあげていった。

 

 セコムの警備員は、「われわれは非常コールを受けるとすぐ、警察署に連絡して現場にむかうのですが

 

セコムにはパトカーのように、赤信号を無視する権限がありませんので、警察には遅れます」と、ひたす

 

ら恐縮をしている私に、遅れた言い訳をした。

 

 ボタンを押すだけの簡単な操作で、助けを求めることができるからこそ、私は安心して暮らしている。

 

その簡便さが裏目にでて、二人の国家公務員を出動させ、二台のパトカーにガソリンを使わせる税金の

 

無駄遣いをさせてしまった。

 

 これはセコムの警備委員にもいえることだが、こちらは月二万円ちかいお金を払っている。

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〈夜中に駆けつけさせられたのも料金のうちと思って、あきらめてもらいたい〉などと、勝手なことを考え

 

た。翌朝、私は親友に昨夜の顛末(てんまつ)を電話した。

 

 「私がもう二、三十若かったら、二つの枕を見た警察官にあらぬ想像をさせたと思うわ」彼女は私が話し

 

終わるのを待つようにして、「若くないから面白いのでは? いまごろ、最近のお年よりは達者だなあ、

 

かなわんよ。なんて肴(さかな)にされてるわよ」

 

 彼女は楽しそうに笑いながら、自信たっぷりに言った。

 

 「そんな…、冗談じゃあないわ!」とは言ったが、彼女の冗談にはなんとなく納得させられるものがある。

 

(完)

  
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