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ぬか漬け自慢 / 児玉 和子

 

 ぬか漬けのおいしい季節となった。

 

 私のぬか漬けは、敬老精神をわきまえた我が子や孫たちの間では好評である。前もってたずねてくる

 

日が分っていれば、私は時間を計ってナスやキュウリをつけこむ。漬ける時間は、長くても短くてもいけな

 

い。私はヌカ床のご機嫌をうかがいながらつける。

 

 昔の話にこんなのがある。嫁ぐ娘にヌカ床をひとにぎりもたせ、娘はそれをタネにあたらしいヌカ床をつ

 

くり、何十年かあとに、わが娘にまたひとにぎりのヌカ床をもたせて嫁がせる。こんなならわしを経験した

 

人は、「このヌカ床は祖母の代から、もう百年よ」などと、老舗(しにせ)のうなぎやのタレ自慢のようなこと

 

をいう。

 

 ヌカ床を腐らせるような嫁は離縁される、といったような言い伝えも知っている。モノを大切にする昔の

 

人の知恵が、こんな言い伝えを生むのだろうか。

 

 私は離婚をおそれたわけではないが、つぎの夏まで、たくさんの塩や唐辛子(とうがらし)をつかって

 

保存してみた。だがうまくいかなかった。そんな理由で毎年夏が終わると、私はヌカ床をサッサと捨てるこ

 

とにしている。昔の日本家屋とちがって、漬物小屋があるわけでもない都会で、密封性のたかい住居に

 

すみながらヌカ床をたもつのは困難である。冷蔵庫でもたせている人を知っているが、ヌカ床は常温で

 

醗酵させてこそ風味がでるような気がする。

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 私のヌカ床は、奮発して買いこんだ羅臼(らうす)の昆布をいれ、ビールを注ぎ、鷹の爪(トウガラシ)と

 

パチンコの玉がいれてある。鉄分があるとナスが色よく漬かるので、まずは錆び釘をいれてみたが、かき

 

混ぜるときに手が痛い。思いついたのがパチンコの玉だった。だが手にはいらない。そこで我が家に出入

 

りする米屋の気のいいお兄さんに白羽の矢をたてた。

 

 

 「パチンコの玉を売ってるとこ知らない?」

 

 「買ってどうするんですか?」

 

 「ヌカ床に入れると、ナスの色がよくなるのよ」

 

 「へぇ、おもしろいですね」こんな会話をした二、三日後、お兄さんは

 

二〇個ばかりのパチンコの玉をもってきてくれた。

 

 「ほんとうは、これって違反なんです。でも、いつもパチンコ屋に

 

貢(みつ)いでいるからいいんです」と、白い歯をみせて笑った。

 

 私はヌカ床を捨てるときパチンコ玉を選りだし、米屋のお兄さんに感謝をしながら洗って、仕舞う。もう

 

三年もつかっている。銀色に光っていたパチンコ玉は、ひと夏で黒い鉄の地金(じがね)をだして本領を

 

発揮している。明礬(みょうばん)をいれれば簡単にナスの色をよくすることはできるが、「鉄分の補給に

 

はならない」と私はチョッピリ得意なのである。

 

 「ほんとうにおいしいのかなあ?」とお疑いの向きには申しあげたい。

 

 「どうぞ試食にきてください。ただし、前もってお知らせを。なにしろヌカ床は、それを作る主に似てデリケ

 

ートなシロモノなのですから…」。

  
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