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ガビチョウ/片山 充代

 

 数年前の朝日新聞山梨県版に、木の枝にとまっている一羽の鳥が写真入りで紹介された。目の上に

 

くっきりと、太く白い眉斑(びはん)がうきあがっている。

 

 「アラ」、と私が思ったのは、それが数日前わが家のちかくの藪で見かけた鳥だったからである。私は

 

南アルプスの山の麓(ふもと)に一人で住んでいて、天気がよいとよく散歩にでかける。鳥を見かけたの

 

も、甲斐駒ヶ岳が青空に雄渾(ゆうこん)な姿をきざみこんでいる冬晴れの日のことだった。

 

 鳥は家からさほど離れていない薮わきの地面で、餌をついばんでいた。ヒヨドリをふっくらとさせたくらい

 

の大きさである。体色は茶褐色、くちばしは黄色い。目の周りに、筆で力強く「一」の字をひいたような白い

 

眉斑がはしっていた。白い眉斑をもつ鳥は多いが、ほとんどは筆先でスッとかるくなぞったような細いもの

 

である。鳥は私を認めると、あわてて薮の中に逃げこんだ。

 

 家に帰った私は、さっそく野鳥の図鑑をめくってみた。しかし、鮮やかな眉斑をもった鳥はみつからなか

 

った。「どういう鳥だろう?」という疑問はそのまま私の脳裡にのこり、日が過ぎた。そしてその疑問を忘れ

 

そうになったとき、前記の記事を目にしたのである。

 

 

 記事には「ガビチョウ」と名前が記されていた。中国南部から東南アジアが原産地で、日本ではペットと

 

して飼われていたのが逃げだし、繁殖したらしい。写真に撮られたときのように、全身をさらけだすのは

 

マレで、貴重な画像であるということも分った。

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 棲息地域は、やはり外来種であるコジュケイと

 

同じように薮や林の茂みの中。しかし生命力がは

 

るかに強いので、「コジュケイさえも在来種の鳥も

 

ろとも、追いはらわれる可能性がある」と書かれて

 

いた。撮影場所は北杜市のオオムラサキセンター。

 

このセンターはJR中央線の日野春(ひのはる)駅

 

のちかくにある自然公園で、国蝶のオオムラサキの

 

生態を見ることができるネット張りの施設があることでよく知られている。

 

 いずれにせよ、〈ガビチョウなる鳥が、私の周辺にいるのだ〉とうれしくなった。私は散歩のたびごとに、

 

ガビチョウにであった薮を注意して見るようになった。薮には以前から、コジュケイの群れが住んでいて、

 

羽音とともに薮から舞いあがり、道路をひくく飛んで隣の林に舞いこむのを朝の散歩のときなんども目に

 

した。そのうちにコジュケイよりも小型の鳥が、同じように群れでひくく飛ぶのを見かけるようになったが、

 

鳥達には白い眉斑があって、きわめて印象的だった。「あれがガビチョウだったのだ」と、私は納得した。

 

 ガビチョウの数はぐんぐん増えていった。林の中からは、それまで聞いたことのないにぎやかで大きなさ

 

えずりが聞かれるようになった。

 

 「あんな鳴き声は、いままで聞いたことがない。なんだろうね」と、近所の人たちも言いだした。「たぶんガ

 

ビチョウという鳥だと思う。このごろ北杜市辺りでもふえてるんですって」と、私は新聞からの知識をひけら

 

かした。散歩のとき、さえずりの聞こえてくる方角に目をやると、木の枝に数羽ならんでとまっている姿さ

 

え見かけるようになった。この鳥が増えていくことが、日本の自然にとっていいことなのかどうか私には分

 

らないが、今年の春先から毎日我が家の庭にやってくるようになった。早朝から大きなさえずりの声で目

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をさまさせられることもある。

 

 さえずりは、どの小鳥たちよりも大きくひびき、高低の変化にとみ、複雑にながくひびく。ホトトギスの「ト

 

ウキョウ、トッキョ、キョカキョク」のように聞きなすのはとてもむつかしい。口笛のような節がところどころ

 

にはいる。高く、せつなげに聞こえるホトトギスの鳴き声とはちがって、ガビチョウはいかにも楽しげに生

 

きるよろこびをあけっぴろげに歌っている。この鳴き声を愛(め)でて飼われていたのだろうか。

 

 我が家にやってくるのはつがいのようで、仲むつまじいことこのうえない。木の葉隠れにさえずっていた

 

のが、最近は数メートル先までやってくる。鳴き声につられて窓からのぞくと、車のサイドミラーに二羽で

 

体をよせあってとまり、おたがいを見つめあって鳴きかわし、首と首とをからませては嘴(くちばし)をつつ

 

きあい、そのしぐさはなんともかわいらしく、微笑ましい。ディズニーなら、きれいなアニメーションができあ

 

がるだろうなと想像する。

 

 ある日の夕方、陽がかげってきたので草むしりをしていた。

 

すると庭先の切り株に例の二羽がやってきて、いつものよう

 

にラブシーンを演じはじめた。私は手をやすめて二羽をなが

 

めていた。ふいに唇に熱いものを感じ、手でふりはらったがと

 

きすでに遅く、ブヨの口づけをうけてしまった。ラブシーンに見

 

とれていたひとり身の老女をかわいそうに思って、「せめて私

 

が口づけを…」と同情してくれたのだろうか。その後の数日間、私の下唇の半分はたて皺(じわ)がなくな

 

るまで腫(は)れあがり、むずかゆさがつづいた。

 

 〈ガビチョウは、漢字では雅眉鳥と書くのかしら?〉となんとなく思っていたが、あるとき一九八九年に講

 

談社から刊行された日本語大辞典で偶然その名をみつけた。画眉鳥とあった。「スズメ目ヒタキ科の鳥。

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体は褐色。目の周囲が白いのでこの名がついた。中国中南部の竹やぶに多く、日本では江戸時代より

 

飼い鳥」とのこと。

 

 なんだかいいかげんな表現に思ったが、〈そんな昔から日本にいたのだ〉とわかった。私にとっては、

 

東京を離れて南アルプスの山麓に住むようになったからこそ、お目にかかれた鳥である。

 

 

  
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