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虹 『闇の向こうに』@/片山 充代

 

 心配事を抱えて苦しい日々を過ごしていたころ、ある夜虹にさわる夢をみた。暗闇(くらやみ)の中で

 

私はひとりして、石造りの橋をのぼっていた。橋はアーチ型をしていて、登りつめたとき左手に光がさして

 

虹があらわれた。虹の弧の端は、指先をのばせばとどきそうだった。漆黒の闇の中で、七色に光る霧は

 

無数の粒子となって散っている。

 

 〈虹の先端をみる・・・、そんなことがあるのだ〉と、私の心はときめいた。幸運の兆しに思えたからだ。

 

 〈あれに触れることができれば、私の心配事は消える〉。そんな思いにかられて、私は欄干(らんかん)

 

から身をのりだしながら、手を伸ばした。掌(てのひら)は七色に光彩をはなつ虹の粒子をうけ、指先には

 

かすかな冷たさが感じられた。〈虹にふれた・・・、これで胸にある重石(おもし)がとれる〉そう思うと嬉しか

 

った。しばらくして、虹は光を失い始め、薄い残影となり、やがて闇をのこして消えていった。すると、眼が

 

さめた。夜が明け始めていた。薄明かりの中に手をあげて見てみたが、いつもと変らない私の手のひらだ

 

った。ベットに横たわったまま、ボンヤリと私はそれを眺めつづけた。

 

 

 仏は常にいませども

 

 うつつならぬぞあわれなる

 

 人の音せぬ暁に

2

 

 ほのかに夢にみえたまう

 

 若いときから心惹かれていた、梁塵秘抄(りょうじんひしょう)にある歌を思った。私はいま、人の音せぬ

 

暁に、ひとり目覚めて消え去った夢の虹を追っている。胸の重石は軽くはなってはいないが、あの虹は

 

私をなぐさめ、はげましてくれる仏だったのだろうか。(了)。

 

  
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