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稲妻/児玉 和子

 

先程から私は、陽の落ちた庭で風雨にさわぐ木々を眺めていた。

 

 猛々しい戦国武将のような稲妻を期待していたのに、台風はどうやら進路を変えたらしい。雨足も弱っ

 

てきた。

 

 〈稲妻に会いたい。体を貫かれるような一瞬の閃光を見たい〉と、ふと思った。

 

 稲妻の美しさに気づかせてくれたのは父だった。

 

 あれは私が十歳前後の夏の夕暮れだった。台風が通過するというニュースに、雷ぎらいの母は早々に

 

夕食を調え、私たち子ども三人を引き寄せるようにして茶の間に座っていた。私は遠雷が刻々近づいてく

 

る恐怖に緊張していた。

 

 父は台風に荒れ狂う空を、暗い廊下に立って長い間ながめていた。

 

 父を呼びに行かせられた私は廊下に着いた途端、青い閃光がくっきりと父の全身を浮かびあがらせた

 

のを見た。次の瞬間、すさまじい雷鳴がとどろいた。「雷さまがゴロゴロ…」などといった生やさしいもので

 

はない。バリバリとも、ガラガラとも、例えようもない音がガラス戸をゆすった。 気がついたら、私は父に

 

しがみついていた。

 

 矢つぎ早に襲いくる稲妻は、目をつむっているのに瞼の裏に突き刺さる。

 

 父は私の頭に手を置き「きれいだ! 見てごらん」と静かに言った。

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 私は恐る恐る目をあけた。そのとき夜空を切り裂くように青い光がまた走った。

 

 今まで、反射的に目をつむって拒否してきた稲妻を、父がそばにいる安心感のうちに幾度か眺めた。美

 

しかった。あの美しさ、今なら妖艶と例えたい。

 

 稲妻はやがて猛々しさを失い、荒れ狂った風雨も雷を伴って去った。

 

 雷鳴轟く廊下に一人で立っていた父を私は強いと思った。こわい稲妻を「きれいだ」といった父を頼もしく

 

感じた。

 

 父のその時の心の裏など知るよしもなく「子どもだったなぁ」といま振り返る。

 

 あれは日本と中国の間に戦争が始まった頃だった(日支事変、または日中戦争。脚注を参照)。父の

 

会社も時代の波にもまれて社名も変わった。

 

 あの時の父は、人生の大きい曲がり角に立たされていたのだ。

 

 営々として築いてきたものが、個人の力では抗いきれない『時代の破壊者』によって破壊されるとき、

 

それに立ち向かう武器はない。

 

 「美しいものの中に逃げる」それしかなかったのだ。雷鳴と稲妻に自分を重ね、自虐的なものを伴った

 

ある種の無常観に浸っていた気がする。

 

 武骨とも見えた父の心底に、詩人の片鱗を感じたのは大人になってからだった。

 

 「美しいもの」の中に逃げた父。

 

 男と女は心の処理のしかたが違うようだ。

 

 私はいま無性に父に会いたい。

 

 妖しいまでに美しかったあの時の稲妻に会いたい。

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 父に守られながらもう一度。(完)

 

 

 

注) 日中戦争(日支事変)。昭和十二年(一九三七)七月に始まった日本と中国の戦争。日本軍は中国の都市や鉄道の

 

   沿線を次々に攻略していったが、中国は徹底して戦いを継続、戦争はぬきさしならない状態のまま長期化した。状況

 

   をなんとか打開しようとした日本は、ナチス・ドイツ、イタリアと三国同盟を結び、昭和十六年(一九四一)十二月八日に

 

   アメリカの海軍基地のあるハワイの真珠湾を攻撃、太平洋戦争に突入した。このことによって第二次世界大戦の戦火

 

   は世界中に広がり、日本は四年後(一九二〇年)の八月十五日に無条件降伏による敗戦をむかえることとなった。

  
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