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津軽三味線(三月掲載)を読んで/北崎 理子

 

 昨年の十二月にエッセイのクラスで「闇の向こうに」という題が出された。作品提出の期限は、今年の

 

六月である。エッセイ教室の先輩、児玉女史はその日欠席されたので電話で知らせた。

 

 

 「闇の向こうにという題なんですが、私は幸せだから闇の向こうになんて書けないわ!」

 

 冗談半分と、ほんの少しの本心とをまじえて、「闇」をどのように解釈すればよいのか迷っていた私は、

 

苛立ちながら言った。児玉女史は電話の向こうで、穏やかに答えた。「自分に照準を合わせて闇イコール

 

不幸ととらえるのは単純ではないかしら。幸せの向こうにだって闇はあるかもしれないし……」

 

 そう。児玉女史に言われるまでもなく、私は物事を単純に考える。それだからエッセイは書けないのか

 

も知れない。

 

 児玉女史はどのようなことでも、いとも簡単にエッセイにしてしまう。そして、書くことを

 

楽しんでいる。私は足下にも及ばないし、私にとって児玉女史はうらやましい存在なのだ。彼女からすれ

 

ば、書けないという状態そのものが分からないにちがいない。私は悲哀を感じて電話をきった。

 

 〈エェイ、六月に提出するまでにはまだ時間があるじゃない! とりあえずそのことは忘れましょう〉。嫌な

 

ことを先延ばしにするのは私の悪い癖だが、闇なんてどうでもいい! 一日、一日を楽しく過ごすことがで

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きれば幸せ。私は歌舞伎を見に行ったり、旅行にいったり、友人と

 

おしゃべりを楽しんだりして、生きる喜びを謳歌し、遊びまわった。

 

二月のエッセイのクラスに出席して驚いた。児玉女史ははやばやと

 

「闇の向こう」を発表されたのである。驚くことに津軽三味線の奏者、

 

初代高橋竹山のことだった。目の見えない竹山のようすを生き生き

 

と描き、竹山が闇の向こうに穏やかな光を見い出したからこそ、ゆ

 

とりを持って人間を愛し、いとおしむ心に到達したのではないだろう

 

か。と結ばれていた。

 

 素晴らしいというほかはない。それも、題が出されたのは十二月十八日だったのに、児玉女史の「闇の

 

向こう」には十二月二十二日の日付が記されている。 私はため息をついた。そして肩を落とした。言い

 

訳をするならば、遊びながらも闇のことを忘れてはいなかった。頭の片隅に闇が居座ってしまって離れな

 

い。江戸っ子を自認している私だが「さつき(皐月)の鯉の吹き流し」というわけにはいかなかったのであ

 

る。

 

 そんなおり、友人が身のまわりを整理している話を聞いた。

 

 「取っておいてもしょうがないから、金のネックレスや指輪を換金したのよ」

 

 「ホント〜、私もそうしよう!」

 

 片付けが好きな私は、こういうことには、すぐ取りかかる。引出しを抜き、その前に座ると、いらない物

 

と必要な物とに分けていった。物を捨てることにあまり躊躇しないほうだが、それでもときどき迷い、もの

 

思いにふける。

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 若いときに気に入って購入したネックレスや指輪は輝いている。サイズが合わなくなった指輪。〈なんて

 

小さかったのだろう〉と、いまは節くれだってシワシワになった自分の指を見ながら、ふっと思った。私はだ

 

んだん闇に向かっているのではないだろうか、闇は死かもしれない。まあ、そのようなことを考えても、今

 

さらどうなるものでもないのだが……。

 

 さいわいにも、私のネックレスも指輪も買い取ってもらえた。

 

 「店員と交渉できないでしょ。僕がいってきてあげるよ」

 

 我が夫は私の性格をよく知っている。換金の店は二軒目のほうがいい値段だったそうだ。

 

 使わなくなった物を処分したことで、爽快な気分になった。こうやって、いろいろ捨てていくのも悪くはな

 

い。身辺整理をしながら闇に向かうのは、元気な証拠である。友人は「遊ぶのはいまのうちよ」と毎月たく

 

さんの予定を入れている。その友人から、「八月のことだけど、ミュージカルの〈コーラスライン〉を見に行

 

かない?」と誘われたのは二月の末だった。

 

 「ミュージカルは大好きだから行きたいわ、だけど八月なんて先のことね!」

 

 「いいのよ、先のほうまで予定を入れておいたほうが元気でいられるのよ」

 

 

 先日、チケットが送られてきた。忘れないようにカレンダーの八月

 

三十日を赤丸でかこみコーラスラインと書いた。

 

 今の時点では当然、見に行くつもりである。だが、なにしろ〈人間

 

なんて、いつどこでどうなるか分からない〉、という心境にあるの

 

が、私の本音なのだ。だが、そこは江戸っ子を自認する私。自分

 

で自分に気合をかける。

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 「マッ、気楽にやろうか!」(了)。

  
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