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新浦島太郎物語/児玉 和子

 

 「むかし、むかし、浦島は…」と始まる浦島太郎の童謡は誰でも知っている。

 

 助けた亀に連れられて龍宮城に着いた太郎は、鯛やひらめの舞い踊りと御馳走で、「ただ珍しく面白く、

 

月日の経つのも夢のうち」に過ごした。非現実的な話の設定が、結末の不条理を見落とさせる。ここで煙

 

に巻かれてはいけない。その昔、浦島太郎の童謡にほほ輝かせたあどけなき幼女は、老いて屁理屈を

 

こねようというのである。

 

 つらつら思うにこれはもう、悲劇としか言いようのない物語である。

 

 

心優しき太郎は「亀命救助」の善行が報われて龍宮城に招待

 

され、ディナーショーのような毎日を送ることになった。つまし

 

かったと思われる漁師の食生活が、急に三度三度ディナー

 

ショーのようでは、里心がつくのに長くはかからなかった

 

気がする。先頃流行した「グルメ食べ歩き」なるものも、結局

 

日頃食べ慣れたものが一番美味しいことになる。お茶漬け

 

だって改めておいしい。

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 太郎も、麦飯に塩いわしの食事などが恋しくなったのではないだろうか。

 

 童謡にそれが歌われている。

 

 「遊びに飽きて気がついて、おいとまごいもそこそこに、帰る途中の楽しみは、みやげに貰った玉手箱」

 

 家路についた太郎は亀の背で、家族や村人の顔を思いうかべ、村での堅実な生活に思いを馳せ、勤労

 

意欲もかき立てられたにちがいない。

 

 龍宮城や乙姫様の美しかったことを村人にどう自慢したものだろう。

 

 玉手箱には何が入っているのだろう。

 

 さて、村は一変していた。

 

 「もといた家も村もなく、道に行き交う人々は、顔も知らない者ばかり」

 

 童謡は悲しい展開をする。太郎はどんなに驚き悲しんだことか、心中察して余りある。太郎はもはや、

 

玉手箱の他すがるよすがもなく、一縷の望みを託して蓋を開けた。

 

 「中からぱっと白煙り、たちまち太郎はおじいさん」

 

 童謡はここで終わるが、太郎の老いの生活はここから始まる。

 

 年金制度とてないあの頃、老後の貯えも、心の準備もしないうちに、いきなり老いと、貧と、孤独が太郎

 

の身の上に降ってわいた。

 

「開けると白煙りが噴出して即刻老人になります」

 

こんな注意書きでもあれば、老いなりとも避けられたはずと思う。風邪薬でも、「医師の指示に従え、子供

 

の手の届かない所に置け」などと注意書きが添えてあるというのに。

 

 物語り前半は太郎の善行がむくわれて、龍宮城に招待という因果応報の教えが取り入れられているの

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に後半はどうだろう。これはもう前世が絡む宿命か因縁とでも思い、諦めるほかなさそうである。

 

 太郎が龍宮で過ごした時間は、地上での何十年にも相当する、次元の違う時間だったのだ。凝縮され

 

た時間とも知らず過ごしてしまった歓楽の日々は、太郎の

 

青年期、壮年期のかけがえの無い歳月と無断で引き換え

 

られていた。

 

 その歳月を白煙りに変え、玉手箱に詰め、注意書きも添

 

えないでおみやげにするなんて…。

 

 美しくたおやかな乙姫様とも思えない。

 

 因果応報はどうなると言いたい。

 

 これが太郎の善行への報いかと叫びたい。私は乙姫様

 

を許せない。

 

 「皆さん、亀がいじめにあっていても助けないほうが無難です」

 

 

 

浦島太郎後日譚

 

 

 どれほどの時が流れたのだろう。

 

 身辺の激変に呆然自失の太郎老人は空腹をおぼえ、よろよろと立ち上がった。

 

 その昔、漁をしていた浜辺に行ってみよう。幸いにも釣り竿は、龍宮への往復にも離さなかった。絵本に

 

もちゃんと描いてある。

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 太郎老人は、からになった玉手箱のかたわらに投げ出されている釣り竿を持つと、とぼとぼと浜辺にむ

 

かった。きてみると白い砂浜も、緑の松原も跡形なく、テトラポッドとかいう味気ないものが、いたずらに波

 

を押しもどしていた。

 

 たび重なる失意に打ちのめされた太郎老人は、テトラポッドの横に僅かな砂地を見つけ、腰をおろすと

 

膝を抱えた。

 

 夢ともうつつとも知れぬ時が流れた。ふとだれかに呼ばれた気がして見回すと一匹の亀がいた。亀は、

 

以前太郎を龍宮城に案内した亀の息子だと自己紹介し、「父亀がよろしくとのことです」と言った。

 

言われてみると似ているが体が少し小さい。

 

息子亀はここにきた説明を始めた。

 

 「地上の国々では老人問題が大きな社会

 

問題となり、なかんずく日本はその対策に

 

苦慮している」この情報を得た龍宮城では、

 

独自に調査した結果、太郎老人の老い、貧、

 

孤独の三重苦が判明した。

 

 さっそく開催された龍宮城臨時審議会で、太郎老人の龍宮城入居が満場一致で決定した。息子亀は

 

その使者に選ばれたそうである。

 

 青年の純真な心のまま即席老人になってしまった太郎老人は、筆者のように乙姫様を恨むこともなく、

 

素直に救いの手に取りすがった。

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 親亀のお迎えを大型外車とたとえるなら、息子亀は小型国産

 

車と言ったところだが、日本車を卑下することはない。日本車は

 

今や国際市場でも遜色ないのだ。

 

 もっともそのために貿易黒字だ、赤字だと問題を起こしてはい

 

るらしいが。

 

 前回の龍宮行きは未知への期待だった。今回は再会の喜びがある。

 

 ひそかに好きだったあの乙姫様は元気だろうか。

 

 小肥りだった乙姫様のダイエットは続いているかしら。

 

 年増乙姫様の血圧は安定しただろうか。

 

 とりとめのない考えにとらわれているうちに龍宮城に到着した。

 

綺羅、星のごとく並び迎えてくれた乙姫様にまじって、恋しくも懐かしい家族と村びとがいるではないか!

 

「おお、おお」

 

 太郎老人はよぼとぼと歩み寄り、と書くところだが、龍宮城というところは不可能を可能にし、たえず人

 

の虚をつく展開を見せるところのようである。

 

 いつの間にか青年に戻っていた太郎は、逞しい腕で再会の抱擁をしたのだった。

 

 「めでたし、めでたし」

 

 私はこの物語をこんなふうに終わらせたい。

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 「日本昔話」の改ざんが許されるか否かは別

 

として、太郎の不条理な不幸を看過するにしの

 

びない。幸せになっていただき、私も安心して

 

暮らしたい。

 

 ところで一つ提案がある。

 

 政府は行き詰まっている「老人問題」の解決

 

策として「白煙り」の研究はどうだろう。一瞬に

 

して青年を老人に変えてしまう白煙りは、老人

 

をして若者に変えることも可能ではないだろうか。一考の価値ありと思えるのだが…。

 

 もっとも、老人が皆、若者になってしまったら、それはそれで「若人問題」になるだろうか。(了)

  
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