1

ハルさん/児玉 和子

 

 去年の春、通りすがりに孟宗の今年竹を目にした。

 

 四、五本の古竹に混じって、深緑の肌に白蝋をはいた姿で青い空を突いていた。

 

 私は思わず足をとめた。老婦人が低い垣根の元からヒョイと立ち上がった。草むしりでもしていたのだ

 

ろうか、小さいシャベルを片手に「大きくなりましたでしょ。頂いた筍を植えましたの」と、けろりと言った。

 

 気品とあどけなさを同居させた雰囲気に、観音菩薩のような笑みを浮かべた。

 

 「先祖返り」にも楽しくさえあるこうしたものもあるのだと、妙にほっとさせられた。

 

 広くはない庭に花の小鉢がきれいに並び、小さい平屋はその中にあって、まるで絵本に描かれた「雀の

 

お宿」を思わせる。この家を訪うまろうどは、蝶や小鳥がふさわしい。垣根の柱に付けられた表札の名が

 

「ハル」この家のあるじにぴったりだ。

 

 今年の春、あの庭に今年竹を見ようと思いついて行ってみると「雀のお宿」は跡形もなく取り払われ、竹

 

の一群れを残した更地に杭が打たれ、建築資材が積んであった。

 

 立ち去りかねている私に、子供を遊ばせていた人が近寄ってきて話してくれた。

 

 婦人は、一人息子が成人してからずっとここで一人暮らしを続け、この一月に八十五歳で亡くなったと

 

知らされた。

 

 「お花の好きないいおばあちゃんでしたのに。ここには息子さんの家族が住まれるそうですよ」その人は

 

それだけ言うと、子供の手をひいて行ってしまった。

2

 

 去年、垣根の際で「頂いた筍を植えましたの」と言ったハルさんの言葉

 

がよみがえり、一期一会を如実に感じた。先祖返りしたハルさんの土に

 

還る旅は、次のおとぎの国への旅であろうか。

 

 竹群れに今年竹が二本、古竹に伍して空に伸びていた。竹の群れは、

 

あるやなしやの風に応えてさらさら、さらさらと囁く。

 

古い命は新しい命を残して亡びゆく。脈々とうけ継かれる命の大河を、

 

竹の葉ずれは、私に語り続けた。

 

 さらさら、さらさら、無心にさらさら、さらさらと。(了)。

 

 

 

 

 

  
−Copyright (c) 2008-2012. Kashinokikai. All rights reserved.−