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はこべ/児玉 和子

 

 今年正月七日、春の七草を寄せ植えした手籠をもらった。

 

 「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ これぞ七草」。忘れかけていた言葉

 

を思い出しながら、私は手籠の七草を眺めていた。春の七草粥(ななくさがゆ)を作ったのは旧暦の時代

 

で、新暦の春はまだ遠い。春の七草はそれぞれの緑を誇って、春の訪れを言祝(ことほ」いでいる。中で

 

も、はこべは浅い緑に萌(も)えていた。七草を見ているうちに、私の想いは小学生だった昔に引きもどさ

 

れていった。

 

 

 「ひよこに餌をやったの?」という母の声で、私は登校前のあわただしい時間をさいて野原を走る。手に

 

一握りのはこべを摘むと、また走ってもどり、ひよこの世話にとりかかる。縁日や露天などで売られている

 

ひよこを、毎年母にせがんで一羽買ってもらったものだ。こんな事情が子供心にも養育の責任を感じさせ、

 

私はせっせとひよこの世話をした。

 

 「こんどこそ、ひよこを大きく育てて見せる」と私は子供なりの愛情で決意を新たにするのだが、願いもむ

 

なしくひよこは半月もするとひよこのままで死んでしまう。そのころの私はひよこが大きく育ったら、卵を

 

産んでくれるものだと信じ、夢みていた。孵化(ふか)したひよこが雌雄鑑別(しゆうかんべつ)され、雄の

 

ひよこの一部は子供のおもちゃとして売られると知ったのは、大人になってからだった。

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 こんなことを繰り返していたある年、「野菜を食べないから死ぬのでしょう」と、母が言った。私の野菜ぎ

 

らいへの教訓もあったと思うが、以後ひよこの主食は、はこべになった。

 

 摘んできたはこべを指で千切って、ひよこを入れているみかん箱に撒(ま)くと、まくそばからついばんで

 

くれる。青い匂いがあたりにただよい、はこべの汁が私の指先を薄緑に染める。いとおしさがこみ上げてく

 

る瞬間である。このころすでに母性本能は体に組み込まれている、ということだろうか。私は母親でもある

 

かのような気持ちで眺(なが)める。だがいつまでも眺めている訳にはいかない。私は遅刻の不安を抱え

 

たまま、学校まで走る。放課後も走ってもどり、ひよこにかかわる。

 

 こうした情熱は十日もすると消えさり、興味はうすれ、養育にも疲れ,しだいに

 

関心を失う。そのころひよこも元気を失う。お尻をさげて一箇所にたたずみ、心細

 

げにピイピイ鳴きとおし、白いまぶたでゆっくりまばたきをするようになる。もう

 

撒(ま)いたはこべをついばもうとはしない。私は子供心にも、ひよこの死を予感し

 

た。毎年この経験をくりかえしたが、あのころほど死の瞬間を見ていたことはない。発見するのはいつも

 

朝だった。白いまぶたで閉じられた目はまるく小さくふくらみ、足をのばして死んでいる私のひよこ…。柔ら

 

かい羽毛につつまれながら、手に伝わってくるのは硬直したむくろという現実。千代紙に包んだひよこの

 

埋葬の儀式は、庭に土饅頭(どまんじゅう)ができて終わる。悲しさ、むなしさが胸をしめつける。私はこう

 

した体験のおかげで「生者必滅、会者定離」のことわりを原体験していたのではないだろうか。

 

 

 きのう私は、庭の隅で浅緑に萌えるひとむらのはこべを見つけた。指でもむと青い匂いが沸きあがり、

 

ひよこを育てたあの日をなつかしくよみがえらせた。あれから半世紀、その間どれほど多くの愛する人た

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ちとの別れを余儀なくされたことだろう。

 

 肌寒い早春の庭に、はこべは白く小さい五弁の花をつけていた。

 

 

 

(注一)「はこべら」は、はこべの古語。(広辞苑より)

 

(注二)「生者必滅 会者定離」(しょうじゃひつめつ・えしゃじょうり)。

 

生者必滅は、すべては無常であるから、命あるものは、必ず死滅するときがあるということ。会者定離は、この世は無常で、会う

 

ものは必ず離れる運命にあるということ。(広辞苑より)

  
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