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愛犬クロ/片山 充代

 

 今年も桜の季節がやってきた。ここ山梨県北杜市は南アルプス連山の麓にあり、樹齢を重ねた桜の大

 

木が多い。春霞みのかかった青空に残雪をいただいた山々が稜線を刻み、山麓から山腹にかけてはい

 

のぼる緑には白や薄紅色の色彩が孤立したり重なり合ったりしながら浮かび上がっている。我が家は町

 

外れの丘の上にある。華麗で生命力の溢れる桜の美しさに包まれるとき、私はこの地に住む幸せをしみ

 

じみと感じる。

 

 

 東京から北杜市に移り住んで十余年が過ぎた。始めは私達夫婦と息子の三人家族だったが、歳月の

 

流れは息子を社会人として送り出し、夫を彼岸に旅立たせ、私を一人住まいの身にしてしまった。それで

 

も北杜の四季の豊かなうつろいは、私に様々な喜びをもたらしてくれる。ご近所の方々も親切で、お百姓

 

さんなど春はツズミやフキノトウなどの山菜、夏にはトマトやキュウリ、秋にはナスビや椎茸(しいたけ)、

 

冬には白菜など、季節の野菜を農作業の帰りに届けてくれたりする。北杜では四季は規則正しく移り変わ

 

り、人々の日々の営みもかわることなく続いていく。

 

 そのような日々のある夕暮れどき、私は居間のテーブルにもたれて暮れなずむ南アルプスの山々を見

 

るともなく見ていた。桜が淡い色合いで薄墨色の大気に浮かんでいる。〈美しいなあ…〉と感じたとき、あ

 

の桜の美しさを涙で見ることができなかった東京での日々があったことを思い出した。思い出の中心に、

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凛々(りり)しい甲斐の犬の面影がある。記憶の糸がくるくるとのびて、愛犬クロの思い出に繋がっていっ

 

た。クロは私達家族と共に一年と数ヶ月のときを過ごし、流星のようにこの世を去っていった甲斐の犬で

 

ある。

 

〈お前に会いたい…〉と、私は思った。私の胸に思わず熱いものがこみあげてきた。

 

〈愛(いと)おしい…〉と私は思った。

 

 

二十年前の春、お前を連れて私と夫は公園に出かけたよね。早春の明るい陽射しがふりそそぎ、大気に

 

はすでに温もりが感じられたが、桜はまだ蕾をひらいていなかった。まだ幼さの残る若い体をはずませて、

 

お前は公園の叢(くさむら)を駆け回った。躍動する生命(いのち)そのものを思わせるお前の姿を、私は

 

心を弾ませながら見守っていた。

 

 「桜はまだ蕾(つぼみ)だな。花は来週だね。来週またクロを連れて来ようよ」と夫は言った。

 

 その次の日、私が台所で朝食の後片付けにかまけている間、夫は一人でクロを朝の散歩に連出した。

 

そして不注意から、クロを死なせてしまった。ぐったりとなったクロを抱いて、夫は玄関に立ちすくみ「クロ

 

が死んだ!」と悲痛な声で叫んだ。クロの躰に外傷は見られない。〈なぜ? どうして? なにがクロにお

 

こったの?〉。一瞬混乱した私の意識では前後の脈略がとれず、私は夫の腕に抱かれたクロの骸(むくろ

 

)を茫然と見つめた。 線路沿いの道を歩いているときだったという。夫はクロのリードを外した。クロは

 

嬉々として駆け出し、駆け回っているうちに線路に走り出て、折悪しく走りこんできた電車に吸い込まれて

 

車輪にかかり、跳ねられたのである。動物はおのれの理解をこえるスピードでせまってくる物体に出会う

 

と、すくみあがる。クロはとっさに身をかわすことができなかったのだ。

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 〈なんという不注意なことを!〉普段から動物好きを自認し、動物の習性はよく知っていると自慢してい

 

た夫だけに、私は怒りを覚えた。

 

 〈でもね…、クロ…、いまお前とこうして夕闇の中で会ってると、私は自分に正直にならざるをえないの

 

よ。あのとき私は確かにショックをうけました。でも心のどこかで、これでお前を飼う煩(わずら)わしさから

 

解放されるという、ホッとした気持ちがあったのも本当。私はまだ若かったのね…、許してね。命あるもの

 

に責任をもつということがどのように重いことか、まだ私には思い至らなかったの〉。

 

 

 矛盾した思いを抱いたまま玄関の上がり口に立って、私は泣いた。クロの体は冷たくなり、次第に硬直し

 

ていった。出勤前の息子が、ペットを扱う霊園に電話をかけてくれた。「すぐに引取りにうかがいます」とい

 

う返事だった。クロがいつも寝ていたタオルケットで遺体をくるみ、庭の鉢植えの花を摘んでダンボールに

 

遺骸と共に入れた。やがて霊園から係員がやってきて「ときどき供養しに来てください」と言い、費用を受

 

け取り、ダンボールに入ったクロを持ち去った。私は喉を詰まらせながら、

 

クロを見送るしかなかった。このときまでは「たかが犬一匹の死」という

 

ものだけだったと言えなくもない。「ペットが死んだ」というだけの図式で

 

私はクロの死を捉え、一段上の驕(おご)った立場から死を考えていた

 

のだ。死が永別という、どうあがいても取返しようのない深い悲しみを

 

ともなうものとして捉えるには、私は未熟だった。その未熟さに対する

 

懲罰のように、沸き上がってくる悲しみの数々に耐えねばならないなど

 

ということは、そのときの私は夢想だにしなかった。だが悲しみは、すぐ

 

に襲いかかってきた…。

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 クロはいなくなった。いつも寝そべっていた部屋の片隅に、その姿はなくなった。家の空間が急に広が

 

り、冷たい静寂がそこに漂うようになった。クロの不在感、喪失感は恐ろしいほどだった。心にポッカリと

 

あいた空白の部分に、クロへのいとしさが潮が満ちるように押し寄せてくる。生きとし生けるものを失った

 

悲しさ。「たかがペット一匹」と一瞬にせよ考えてしまった自分のあさはかさに対する自責の念で、私の心

 

はズタズタになった。

 

〈私が散歩に連れていってれば、こんなことにはならなかったかも知れない〉。私は夫をうらんだ。だが夫

 

も悲しんでいた。だから責めることはできなかった。

 

 〈これが我が子の死だったら、決して夫を許さないだろう…〉などと、私の思考はあらぬ方角にとんだりし

 

た。白濁した脳裡の中で、クロへの哀惜は無限とも思える円運動を続けていた。

 

 クロは勤め始めた息子がつれてきた生後二ヶ月の雌犬だった。営業先のお得意から「もらってくれ」と頼

 

まれて、断りきれなかったのだ。息子の気の弱さが腹立たしかった。息子は社会人となり、いずれは家か

 

ら離れる。私は私なりに、これからの人生設計があった。その中に、犬を飼うという項目はなかった。犬を

 

飼う煩わしさにも関わりたくなかった。夫は「なにかの事情があるのだろう。仕方がないから飼ってやろう

 

よ」と言った。

 

 〈結局世話をするのは、この私になるのだ〉と夫の言葉に反発しながら、腹立たしさはつのった。目がど

 

こにあるのか分からないほど真ッ黒で見栄えのしない犬だった。だから、見た目そのままに、クロと呼ぶこ

 

とにした。夫にも息子にも相談はしなかった。

 

 〈そのうちどこかにいくだろう。だれかが持っていってくれるかも知れない〉と、二、三日は庭に放し飼い

 

にしておいた。だが子犬は狭い敷地から出ようとはしなかった。家まわりの路地をヨチヨチ歩いたり、庭を

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掘ったりしていた。玄関の扉にもたれかかり、悲しそうな目で私をジッと見ていることもあった。

 

 私は本来は犬が好きなのである。一時の腹立ちが治まると、クロの目差(まなざし)に抵抗できなくなっ

 

た。〈仕方がないか…。自分の犬をもつのも喜びの一つ。生きものを飼えば、好きな旅行にも出られなくな

 

るが、その旅行もあきらめよう〉。

 

 まず風呂場で体を洗ってやった。インクで染めていたのではないかと思うほど、黒い水が体から流れ落

 

ちた。虫下しをのませると、沢山の虫をだした。その後は日を追って毛艶もよくなり、体もコロコロと太って

 

きた。一年後成犬に近くなったので、獣医につれていった。獣医はクロを一目見て「この犬、どうやってお

 

宅にきたの?」と質問した。

 

 「息子がどこからか連れてきて、仕方なく飼い始めたのです」。

 

 「これはカイケンだよ」と獣医は言った。獣医の言葉を、私は

 

「飼い犬(かいけん)」と理解した。〈私が飼っているのだから

 

飼い犬には違いないだろうに…、この獣医は妙なことを言う〉。

 

不審顔をしている私に気ずいた獣医は、言い方を改めた。

 

「カイケン、甲斐の国の狗(いぬ)。山梨県ね。純度は高い方。

 

賢い犬だから、大事にしてやってよ。叩いたりしないように。

 

この縞模様が特徴です」

 

 なるほど黒一色だと思っていた体に、よく見ると黄土色の縞が

 

あちこち現れ始めている。そう言えば、以前ひどくマダラ模様の犬を見たことがあった。〈雑犬にちがいな

 

い。何種類かの犬が混ざり合って、こんな汚い犬が生まれたのだろう〉とそのときは思ったものだが、あれ

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は甲斐犬だったのだ。

 

 クロには洋犬の血もいくらか混じっているようだった。図鑑で見た甲斐犬より体毛が長いし、毛並みもそ

 

ろっている。しかし耳は和犬独特の立ち耳で、耳先がピンとのび、尻尾がゆるやかに巻き始めている。

 

いわゆる巻き尾である。首の周りには、黄土色の柔らかな毛が密に生えていた。そこに触れる私の掌に

 

は、なんとも言えない心地よい感触が伝わって、思わず顔をうずめたりもした。やがてクロを連れて散歩

 

をしていると、行き合う人から「いい犬だね。俺もこういう犬が欲しいんだよね」と声がかかった。犬好きら

 

しい人は腰をかがめて頭を撫でたりした。「おう、甲斐犬じゃないか。黒虎だな」と言う人もいた。そんなと

 

き私の胸ははずみ、一段と誇らしい気持ちになった。

 

 獣医の言葉どおり、クロは賢い犬に育っていった。散歩の途中私がなにかに心を奪われていると、クロ

 

はリードを持つ私の手を鼻先でツンツンと軽くつついてうながし、目が合うとまた歩きだした。クロは視野

 

のどこかに、いつも私をとらえていた。

 

 家の中では、いつも私の横にいた。テレビを見るときも一緒だった。中野考次の著書「ハラスのいた日」

 

がテレビドラマ化され、それをクロと一緒に見ていたときのことだ。ハラス役の犬の姿がブラウン管にあら

 

われると、ジッと見ていたクロの尻尾がかすかに振られていた。物語が終りにさしかかったとき、ハラスは

 

失踪する。中野夫人を演じる女優の八千草薫は、ハラスを探しながらなんども大声で名前を呼ぶ。ドラマ

 

に引き込まれていた私は、その場面で涙を流したが、「犬一匹いなくなったからって、あんな大きな声をだ

 

して探すかね〜、私はあんなことはしないからね〜」と、側に腹ばって画面を見つめているクロに話しか

 

けた。クロは画面から視線をはずして、私をジッと見つめた。その姿は、私の言葉をちゃんと聞き分けて

 

いるかのように思えた。

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 時間と空間を分け合いながら、クロは私達の生活に溶けこんでいった。クロが家にいるのは、当然のこ

 

ととなった。そして死はその数ヶ月後、突然訪れたのである。

 

 夫と息子が勤めに出た後一人になると、胸に詰まった悲しみがワッと溢れ

 

だし、私は声をあげて泣いた。〈クロ、ごめんなさい〉となんど謝ったことだろ

 

う。すると掌に、あの首周りの豊かな和毛(にこげ)の感触がもどってくる。

 

私の掌は自然とうごきだして毛並みを慈しむ。〈帰ってきて欲しい〉。数日間

 

食事も喉にとおらず、夜も眠れなかった。クロからなにかの便りがくるので

 

はないかと、郵便受けをなんどものぞいた。犬から便りがくるはずがない。

 

ましてや死んだ犬からの便りが届くなど、あり得もしない幻想である。それ

 

でも私は真剣だった。奇跡を求めた。おそらく私は、精神のバランスを失っ

 

ていたのだろう。クロはそれほど多くのことを私に語り残していたのだ。

 

私がクロを可愛がっていると思っていたのは間違いで、クロが私を限りなく愛してくれていたのだ。そう思

 

い至ったとき涙は止まらなくなり、眼(まなこ)が乾くときはなかった。「心からの愛に気づかない人は、その

 

愛を与えてくれた対象を失ったとき、初めて取り返しのつかないものを失ったことを思い知る」。かって読

 

んだ本の一節が脳裡によみがえり、胸の痛みをさらに深めた。

 

 

 毎日クロと散歩していた道に、私の足は向かなくなった。怖かったのである。クロの死から何日か経って

 

から恐る恐る道をのぞいて見たら、道も家並みも白く死んでいるように思えた。私はあわててその場を立

 

ち去った。街では道を行く人が「あの人は犬を殺したんだよ」と、自分を指さしているように思えた。しょせ

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んは犬ッコロ一匹の死、飼い主に法律上なんの罪科(つみとが)はない。しかし〈自分は罪人だ〉という思

 

いは私の心にべったり貼りつき、私はその思いから逃れられなかった。

 

 そのころ夫も、自責の念に駆られていたようだ。私への気づかいが以前にも増してこまやかになった。

 

「旅行にでもいったら?」とか「友達に会っておいでよ。泊まりがけでもかまわないよ」とことさら気を配って

 

いた。その気配りがうとましかった。私は家にひきこもり、鬱々と刻(とき)をやり過ごした。

 

 

クロの死から二週間が過ぎたころ、夫は公園に行こうと私を誘った。私は夢遊病者のように、夫の後につ

 

いて行った。公園の桜は満開だった。春の光があふれる中で、花々はいまを盛りと笑いかけている。だが

 

私の思いは、燦爛たる光の粒子に満ちた大気のその先を、涙の被膜ごしに見ていた。

 

 〈この公園にはクロと一緒にくるはずだった。公園の叢(くさむら)を駆け回らせるはずだった〉。歩みを

 

進める度毎に息苦しさが増し、息が詰まって行く。唐突に激しい感情が体の奥底から噴き上げてきた。

 

私はいつの間にかしゃがみこみ、うずくまっていた。〈桜はいや! 桜を見るのはいや!〉。顔を覆う指の

 

間から、涙が地面に落ちた。

 

 桜は毎年いやでも目に入る。すると条件反射のように、涙が溢れでて頬をつたう。不注意でクロを死な

 

せたという後悔と自責の念が、桜を見るたびに重くのしかかってくる。犬一匹の死が、このように大きな悲

 

しみをもたらすものなのか…。

 

 「あなたは幸せなのよ。だから犬の死がそれほど悲しめるのよ。ほかに苦しみがないからでしょうね」と

 

言った友人がいた。そうなのかも知れない。私にも生きる苦しみがない訳ではないが、クロの死はその

 

苦しみをどこかに追いやってしまうほどの大きな悲しみだったのである。残していったものが違う。そこに

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起因する悲しみの深さを理解してもらいたいと思って話したのだが、それは間違いだった。友人にとって

 

犬の死は単なる犬の死にしかすぎず、ましてや

 

他人の飼い犬の死などは、しょせん取るに足らない

 

出来事なのである。悲しみは自分一人で受け止め

 

るしかないのだ。そこに思い至ったとき納得できた

 

が、二十年余りの時間が過ぎたいまでもあの頃の

 

つらさは、私の心のどこかにしっかりと滞まってい

 

る。

 

 

 山梨の北杜市に移って十数年がたつ。甲斐という文字を見たり、甲斐犬が飼われているのを見るとつら

 

かった。しかし北杜の自然には、私のいろいろな辛さ、悩み、苦しみを癒やしてくれる豊かさがある。クロ

 

の思い出も、次第になつかしく思えるようになった。

 

 数年間は、夫と共に南アルプスの山麓の地とそこに咲き誇る桜を愛(め)でた。夫は山裾から咲き始め、

 

次第に山頂へと爛漫の春を謳歌しながら咲き移っていく桜を眺めるのが好きだった。

 

 「今年で桜は見納めかな…」と言ったその年の秋、夫はこの世を去っていった。その夫を思いながら、

 

今年は去年よりも美しく咲き乱れる桜を、私は崇(あが)めつつ眺めている。天つ御国(あまつみくに)とい

 

うものが本当にあって、私もそこに入れていただけるのなら、その入り口に夫がクロをつれて立っていてく

 

れるように、いまは願っている。

 

 長い物思いから覚めたとき、南アルプスは夜空により黒々とした陰影となって浮かび、宵の明星が西の

 

空にひときわ強い光を放っていた。(了)。

  
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