1

ボヘミアのクリスタルガラス/谷 克二(作家・樫の木会 講師)

 

クリスタルガラスという言葉は、その響きだけで美しいものへのいざないを感じさせる。透明度、微妙な色

 

合い、職人が心をこめて彫りこんだ精緻なデザイン、柔らかいガラスの手触りなど、「美とはなにか」を

 

知る者なら必ず魅了される。チェコのボヘミア地方は、昔からクリスタルガラスを使った美しい製品を生み

 

出すことで知られている。

 

 

 ボヘミアの森を車で旅していたとき、小さな町で古い館をギャラリーにしたガラスショップを見つけた。

 

ショーウインドーの中で、カットグラスやゴブレット、プレートやベース、オブジェが個性ある輝きと色彩を

 

放ち、幻想的な空間を生み出していた。

 

 ショップに入ると、オーナーとおぼしき、金髪を美しく巻き上げた中年の婦人が「おはようございます」と

 

笑顔で出迎えた。「ディスプレーが魅力的なので…、つい。作品を見せていただいてもいいですか?」「え

 

え、もちろん」婦人は感じのよい笑顔のまま、静かに答えた。早朝のギャラリーには私以外に客はなく、雨

 

もよいの天気だったので町を囲む森にはベールのような靄がかかり、私は静寂の中で、ゆっくりと展示さ

 

れている品々を見て歩いた。ひとわたり見終ったころ、婦人はふたたび姿を現した。

 

 「なにか特別なものでも?」「いえ、別に。でも、なにか旅の思い出になるものでもとは思ってるのですが

 

…」。婦人は少し考えてからショーケースを開き、小振りで細長い、コップ状のベースを取り出した。縁と底

2

 

が金色に色つけされ、透明なガラスの肌に薄緑のつる草がアールヌーボー風に描かれている。赤い蘭の

 

花かバラを一輪挿したら、さぞ映えることだろう。「手作りです。ガラス職人の手で作られた製品は、機械

 

で作られたものと比べると、品質だけではなく、仕上げも、手に伝わる感触も全く異なるのです」。

 

 婦人はガラスの肌に掌をすべらしながら、自分もグラスのデザイナーなのだと語った。

 

 「仕事場をご覧になりますか? 私どもは手作りにこだわっているのです。まずオリジナルのデザインを

 

完成させ、それからクリスタルガラスの容器を作り、絵つけをして彫刻をほどこし、焼きを入れて、磨き上

 

げます」。

 

 ショップの裏の研磨室では、男の職人が一人で研磨機をあやつっていた。薄緑のプレートに、白い女神

 

像が浮き上がっていく。職人は全神経を眼と指先に集中させ、私たちが入ってきても微動だにせずにガラ

 

スに彫りを入れていた。仕事に誇りをもつ姿だ、と私は思った。

 

 

つる草の描かれたベースは、いま私の仕事部屋の窓際に置かれている。そしてなつかしい思い出と共に、

 

四季の花々を飾って私を楽しませてくれている。(了)。

 

 

 

  
−Copyright (c) 2008-2012. Kashinokikai. All rights reserved.−