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ダンスは素敵/北崎 理子

 

 八月のある日夕刊をなにげなくひろげたら、全面広告で芝居の案内がのっていた。タイトルは「六週間

 

のダンスレッスン」、原作者はリチャード・アルフィエリ。女優の草笛光子と、今村ねずみという男優の写真

 

が紙面を大きく飾っている。

 

 どうやら、二人芝居らしい。題名から〈どんな芝居だろう?〉と想像してみた。明るく楽しそうなイメージが

 

浮かんでくる。草笛光子は松竹歌劇出身だから、優雅なダンス姿を披露(ひろう)してくれるに違いない。

 

〈見に行きたいな・・・〉と私は思い、さっそく友人のA夫人に電話をかけた。彼女はかって草笛光子の熱烈

 

フなアンだった。「あら、そう。今朝新聞を回収に出してしまったのよ」と、A夫人はあまり興味のなさそうな

 

口調で答えた。「ねぇ、見にいかない? きっと面白いわよ。あなたミッちゃんの大フアンだったじゃない

 

の」。茅ヶ崎から東京まで一人で芝居見物に出かけるのは、私だって億劫(おっくう)だ。芝居は見たいが、

 

一人で見るのはカッタルイ。どうしても友人をその気にさせたかったので、私は広告をファックスで送っ

 

た。やがて友人から電話がかかってきた。「今村ネズミって、どういう俳優かしら?」「知らないわ。俳優な

 

のかしら? ダンサーかも・・・」「顔がネズミに似てなくもないわね」「ファックスのせいよ。結構いい男よ」。

 

私はソッと焚きつけた。友人はイケメンに弱い。「そうねえ。そういえば・・・」といったような経緯(いきさつ)

 

の末に、A夫人は一緒に東京まで出かけることになった。すっかりエンジンがかかった彼女は、入場券ま

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で予約してくれた。持つべきものは友である。

 

 劇場は博品館劇場だった。新橋にある。茅ヶ崎からの交通の便は悪くはない。駅から劇場まで、夏の終

 

わりの直射日光に焙られて歩いた。ビルも路面も反射光で照り輝き、ひどく立体感を失っていた。大汗か

 

いてたどりついたが、劇場は別世界だった。冷房がよく効いていて、たちどころに肌が乾いた。ロビーに鉢

 

植えの胡蝶蘭がいくつも並び、白とピンクの花が絢爛(けんらん)と華麗な色彩を散らしている。すべて

 

「草笛光子さんへ」と書かれていて、「今村ねずみさんへ」というのはひとつもない。やはりスターは草笛

 

光子で、スターはいつまでたってもスターなのだ。そんなことを友人と話しながら、席に着いた。舞台は

 

オープンステージになっていて、セットが見えている。

 

 満員だった。やがて開演を告げるチャイムが鳴り、客席のざわめきは潮が引いていくように消え、舞台

 

をライトが明るく照らし出した。アメリカ・フロリダ州にあるリッチな階級が住むコンドミニアムの十四階。草

 

笛光子演じる老女リリー・ハリソンは牧師の妻だが、夫とは死別してそこに一人で住んでいる。

 

 彼女はエージェンシーを通して、六週間の出張ダンスレッスンをうける契約をした。やってきたのが今村

 

ネズミ扮するところのダンス・インストラクター。

 

 「マイケル・ミネッテイ、四十五歳」と自己紹介をする。態度にしても話し方にしてもどこかぎこちなく、リリ

 

ーの癇(かん)にさわる。リリーはエージェントに断りの電話を入れようとする。そのリリーをそっと押しとど

 

めたマイケルは、「ボクは人と最初に触れ合うとき、とても敏感になるんです。現代では、他人とかかわる

 

のに不器用で、敏感な人が大勢いるんじゃないのですか?それに働き手の僕の妻は、病気なんです」。

 

リリーはマイケルの言葉に虚をつかれ、不愉快な気分が少し和らいだ。受話器は戻される。突然スイング

 

・ジャズが始まり、リリーは踊りだす。洗練された躍動感あふれる動きに、観客席からため息が漏れ、次い

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 第二幕目はレッスンの日を待っていたりリーが、やってきたマイケルをなじるシーンから始まる。「あなた

 

は私に嘘をついた。病気の奥さんなんていないじゃないの」。

 

 リリーはこの一週間の間に、マイケルの身辺調査をしたのだ。マイケルは動じない。

 

 「ハリソンさんだって本当は七十二歳なのに、六十八歳と偽ったでしょう? ご主人だっていないのに、

 

いるフリをした。お互いさまです」。しばし棘(とげ)のあるヤリトリが二人の間でとびかうが、タンゴのリズ

 

ムが流れ出すとリリーとマイケルは仲良く踊り始める。草笛光子は体をそらし、足を高く上げる。足の先か

 

ら手の先までがきれいな直線を描く。そのしなやかな動きに、私は思わずうなってしまった。今村ねずみ

 

はマルチタレントのダンサーだから、切れ味のいい動きの美しさは言うまでもない。

 

 三週目はワルツ、四週目はフォックストロット、

 

五週目チャチャチャとすすむ。そのたびごとに

 

二人の間で小競り合いがあるが、ダンスが始ま

 

るとたちまち打ち解け、息が合って仲直りをして

 

しまう。レッスンを重ねていくうちに、二人はお互

 

いの内面を語るようになる。観客には、二人が

 

背負っている生きる悲しみ、苦しみが次第に

 

見えてくる。

 

 マイケルは「自分はゲイであり、それゆえに

 

理不尽な差別を受けてきた」と告白する。トップ

 

・ダンサーになる夢を抱いてニューヨークに出たが、母親がアルツハイマーになったので介護のために

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フロリダに帰ってきた。面倒は母親が死ぬまで一人で見た。「あの人は僕のことをわかっていた」という

 

マイケルの声は誇りに満ちているが、その裏にある深い悲しみを感じさせる。

 

で拍手が沸いた。

 

 「上手じゃないですか!」マイケルは驚き、一緒に踊る。これが第一幕目。

 

 リリーは最愛の娘を妊娠中絶後の合併症で失っている。中絶せざるを得ない状況に、娘を追い込んで

 

しまった自分が許せない。牧師だった夫は、娘を決して許さなかった。リリーとの関係には、亀裂をのこし

 

たまま死んでいった。「夫とは、彼が死んでから、ようやくいい関係になったのよ。人は少しずつ消えていく

 

の」という

 

リリーのセリフが、胸に迫る。一週間という時間が経過する一幕ごとにセリフが変化していって、リリーと

 

マイケルの裸の姿が見えてくるのが面白い。「私ぐらいの歳の男は、たいてい結婚しているし、さもなきゃ

 

死んでるわ」というリリーのセリフが、中高年が多い観客席を大いに笑わせた。

 

 六幕目はコンテンポラリーダンス。レッスン最後の日に、リリーは癌(がん)に冒されていることを告白す

 

る。「私が必要なのはダンス教師じゃないの。パートナーなの」とは、人生の奥深さを言い当てた箴言(し

 

んげん)だ。活気あふれるツイストを踊るリリーの姿が痛々しく、マイケルはリリーをかばうようにして踊っ

 

ていく。踊る二人は素敵だが、そこから伝わってくるメッセージはかえって悲しい。親子ほど齢が離れた

 

二人は、ダンスを通じて素直に向き合えるようになって、お互いを支えあえるパートナーとなっていった。

 

 年齢、性別を超えた愛は、究極のラブストーリーでもある。暖かい感動が、静かに私の胸に広がってい

 

く。フィナーレ。リリーは真紅のドレス、マイケルはタキシード姿で手をつないでにこやかに舞台に登場。

 

今村ねずみ扮するマイケルは、最初に現れたときの陰影を帯びたマイケルから、魅力あふれる明るい

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中年男性に変貌していた。草笛光子のリリーには、決して自らの運命に媚びない気品を感じる。素敵だっ

 

た。友人は食い入るように、二人を見つめていた。私は胸が熱くなった。いつの間にか涙がにじみ出てい

 

た。(了)。

  
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