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賭け/鈴木 弘

 

だいぶ昔の話になるが、僕の職場に鹿児島県出身のМ君が入って来た。小柄で童顔の彼は気軽に誰と

 

でも言葉を交わし、自然と職場に溶けこんでいった。

 

 そのうちМ君には一つの癖があることが分かってきた。それはなにごとも賭けの対象にして、「賭けて

 

みませんか」と誘うのだ。最初は野球の結果程度のものだったのが次第にエスカレートして、そのうち課

 

の旅行の日が晴れかどうかなど何でも賭けの対象になってきた。「彼はタイミングを狙って仕掛けを考え、

 

声をかけるのが楽しいのだ」と、僕は思うようになった。

 

 賭けの金額は、今の相場で百円程度の小金である。愛想のよい表情で「どうです」と言われると、つい

 

一口乗ることになる。賭け事があまり好きでない僕でさえ、お付き合いのつもりで一口のることがあった。

 

そんな日は、多少後悔の気持ちをもって、日記に「今日はメフィスト君に乗せられた」と書いた。その頃、

 

僕は夜店で買ったゲーテの「ファウスト」を読んでいた。その「天上の序曲」に登場するメフィストフェレスが

 

、神に向かって「ひとつ、賭けますか」と言うセリフから、М君をメフィスト君と呼んでいたのだ。彼はこうし

 

て、僕の日記にこのあだ名で時々顔をだした。

 

 「天上の序曲」で、メフィストフェレスは天使と並んで神の御前に呼ばれる。神とのやり取りの出だしが、

 

メフィストの苦情の申し立てである。彼が言うには、「神が天の光とやらを人間におすそ分けしなければ、

 

もっとましな生き方もしたでしょうに。人間はそれを理性だと称して、実のところ獣も顔をそむけたくなるよ

 

げく、草にかくれて古くさい歌をがなっている。

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それならズーッと草の中にいればよいものを、すぐまたしゃしゃり出て、つまらぬものに鼻をつっこむ」。

 

 神はこれを聞いて、メフィストにたずねる。「お前はいつも苦情を申し立てるが、私の下僕のファウストを

 

知っているか?」

 

 「あの学者先生ですか、それにしては仕え方が風変わりだ。あの偏屈者の飲みもの食べものときては、

 

地上のものじゃあない」とメフィスト。

 

 神は言う。「当人も往き迷って、どうにもならない。ついてはなんとかしてやりたいと思っている」。メフィス

 

トは、ここですかさず、「ひとつ、賭けますか?」とやる。そして「こいつはいただいた。お許し願って、手もと

 

にまんまとたぐりこんでみせましょう」とくる。神は「あいつが地上にいる間は、そうしたければそうするがい

 

い。思いがあれば迷うもの、それが人間だ」と受け流す。メフィストは「これはありがたい。死人相手では

 

面白くない。ふっくらとした色つやの頬っぺがいい。死体なんぞは願い下げだ。猫がネズミをいたぶるよう

 

に、やるとしよう」とうそぶく。神は「よしまかせた! 赤恥をかくな。良い人間は暗い衝動に駆られても、

 

正しい道をそれなりに行くものだ」と告げる。

 

 メフィストは、「引き受けた!手間はかからない。賭けはいただきだ。まんまとしとめたら、あやつに塵芥

 

(ちりあくた)を食わせてみせよう。おれの身内の蛇には、まんまとリンゴを食わせたが、あの手でやっつけ

 

る」。

 

 

 少々寄り道をしてしまった。話をもとに戻す。

 

 例のМ君は、三年ほどして突然、会社を辞めた。その辞職は皆を驚かせた。なんでも競馬に入れ込ん

 

だためというのがもっぱらの噂であった。彼は相手かまわず賭けに誘ったが、競馬だけには誘わなかっ

 

た。彼の競馬好きは周知のことであった。しかし、当時は競馬の賭けは社会的に芳(かんば)しい評価で

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はなく、おまけに賭けるにしても勝つ確率の難しさをよく知っていたせいではないかと思う。それに、彼の

 

仕掛けた賭けで被害を受けた者はなく、ただ明るい印象をふりまいただけで辞めたので、彼の辞職を惜

 

しむ者は多かった。

 

 

 その彼が、久々に僕の日記に登場したのは、つい最近のことで、彼が会社を辞めてから十数年経って

 

いる。昔の仲間と酒を飲んだ席で、彼についての近況を知らされた。それは驚くほどの変貌ぶりで、皆は

 

唖然とした。報告したS君は、鹿児島の県人会に入っていて、最近まで会に出ていなかったが、退職を

 

機に会にでたところ、М君が指宿(いぶすき)に近い村で神主になっているという噂を聞いた。

 

 僕は真相を確かめたいと思い、指宿に行ったついでにその村を訪ねてみた。

 

 話は本当だった。М君は少々太ったが神主が板に付き、貫禄までそな

 

わっていた。彼は僕をよく覚えていた。これがワイフですと紹介されたの

 

が、かって職場で美人の誉れの高かったYさんだったので、僕はふたた

 

びびっくりさせられた。いまでは二男、一女の子供がいて、長男の名は

 

大吉、次男の名は吉次郎、三女の名は祥子といい、きわめて夫婦円満

 

な家庭を作っていた。

 

 М君は退社後、兜町に近い証券会社で二年ほど働いてから辞め、

 

蓄えた金を元手に、株取引でかなりの金を手にしたそうだ。

 

 今では、株取引からも殆ど手を引き、幾つかの優良株を持ち、その配当

 

だけでつましく家計を支えているのだと言う。競馬は証券会社に勤めたと

 

うなことに精を出しているのですよ。あの輩(やから)は脚の長いバッタ野郎で、飛んだりはねたりしたあ

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きにやめ、株に打ち込んだとも語った。「景気の変動もあって、株取引は順調なときばかりではありません

 

でしたが、運も手伝ってラッキーでした」と笑った。

 

 奥さんとなったYさんとの経緯(いきさつ)を訊くと、これもラッキーの一つかな、と照れ笑いした。彼女が

 

僕を信じて付いてきてくれたことには感謝している、と言うのだ。彼女の両親から結婚の承諾がなかなか

 

とれなくて、苦労したそうだ。証券会社勤めというのも、気に入られなかったし、将来は郷里で神主になる

 

と分かってからも、東京からあまり遠くに娘を嫁がせることにも抵抗があったようだ。

 

 彼の家は代々宮司の家系で、父親は出来たら後を継いでもらいたがっていた。M君は小さい時から貧

 

乏神主にはなりたくないという思いをもっていたから、東京に出てきたのだ。帰郷する踏ん切りがついたの

 

は株で資産が出来、親父もかなり年をとったからだと言う。そして「どうせやるなら、お宮を盛りたてたい」

 

と心に決めた。それにしても、これまでのМ君の行動が、まったくの隠密行動であったのはどうしたこと

 

か、と訊ねると、彼は「神に仕える身であるから、心に期したことは神との約束ごと。事が成就するまでは

 

口外できない」と、しゃらりと答えた。

 

 私がM君のお宮を訪ねたときは、祭日だった。観光客も混じってかなりの賑わいを見せ、当日にはおみ

 

くじの売り出しまであった。一等から三等までの賞金も穏当なもので、賞金総額で三十万円程度。その当

 

選発表があった。面白いのは、一口千円券が外れても、七百円の残念賞がつくことであった。後で聞いた

 

ところでは、賞金の財源はおみくじ代だが、おみくじ代だけで足りないときもあるので、そのときは賽銭

 

(さいせん)などを当てているという。

 

 また、お守りの種類も多く、魔除け、招運、交通安全など色々なお守りがあり、いずれもМ君のアイデア

 

グッズといった観を呈していた。

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 境内に梅の大樹があった。梅の花は満開だった。そして、その花を凌ぐほど、沢山の願掛けの短冊が

 

かけられていた。

 

 

 僕の日記は当日の感想を、いつになく大きなスペースをとって記してい

 

る。

 

 先ず、М君をメフィスト君とあだ名で呼ぶことをやめ、Mさん、ないしМ宮

 

司と書いている。「彼が話したことは、どうも少々出来すぎている」と率直

 

に感想を文中で述べ、「これでは、天上の賭けで神が勝ったという話になる。

 

だがどう考えても神とメフィストの賭けの勝率は、このごろ圧倒的に神の分が悪いはずだ。そのため、神

 

は死んだ、と言われているくらいではないか」と結んでいた。

 

 日記を読み直した後、しかし、と僕は考えた。この話は、ある意味で示唆(しさ)に富んでいる。神は昔も

 

今も厳然と存在している。「神は死んだ」と言っている人は、その代わりに僭越(せんえつ)にも自分が神

 

だとばかりの自己主張をしてはばからないが、それこそメフィストの思う壺で、彼の罠にかかって塗炭の

 

苦しみを舐めていることが多い。М君が宮司として成功しているのは、自らを神の依代(よりしろ)と心得

 

て私利をむさぼらず、その天分をお宮の経営で全うしているからでないか。そう思ったときようやく納得が

 

いき、神主となったM君を心から祝福できる気分になった。(了)

 

 

 

 

鈴木 弘 : 詩人。元石油開発機構勤務。

 

  
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