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茶の花/谷 克二(作家・樫の木会 講師)

 

 樫ノ木会の今月のテーマは「冬の花」だった。私もなにか書かねばと茶を飲みながら考えていたら、

 

フッと「お茶の木は 花もつけると教うべし」という句を思い出した。そう言えば、茶の花は冬に咲く。

 

〈なぜ、そのことにいままで気がつかなかったんだろう?〉と思ったとき、連想ゲームのように故郷の宮崎

 

で茶園を経営している叔父を思いだした。母の末弟である。物静かでモヤシのようにヒョロリと背が高く、

 

 皺深い日焼けした面長の顔に人柄のよさがいっぱいに現れている。

 

 

 子供のころ、茶園によく遊びにいった。茶の木は緑の葉波となってゆるやかな山裾に整然と列をなし、

 

黄色いシベをもつ白い茶の花が咲くと無数の白い蝶が舞い乱れているようだった。

 

 茶の花が冬に咲くことについぞ気づかなかったのは、おそらく日溜りでは一月に梅が咲き、二月には

 

桜が咲く南国の陽気のせいだろう。それとも少年の日の記憶が、遠い回想の世界に入ってしまったから

 

なのだろうか。

 

 

 そのころの叔父の唯一の趣味は猟だった。猪や鹿を追うような激しい猟ではなく、山鳩を射ってソバの

 

ダシにしたり焼き鳥にしたりする程度のものだったが、そんな叔父とある日一緒に小綬鷄(こじゅけい)猟

 

に出た。この鳥は中国の中部の平原地帯が原産で、大正時代に日本に輸入された。鳴き声に特徴があ

 

る。かん高いが美しい声で「チョットコーイ」と鳴く。南九州では鳴き声がそのまま呼び名になっている。

 

群鳥だから一羽が鳴き始めると次々に鳴いて、すぐに「全山鳴き声で覆われる」といったありさまになる。

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繁殖力が強い鳥で、放鳥するやいなや大いに増え、アッという間に畑に被害をもたらすようになった。

 

人間なんて勝手なものだから、こんどは害鳥として大いに捕獲が奨められた。一九四七年からは狩猟鳥

 

である。しかしながらなかなか頭のいい鳥で、そうたやすく罠にはかからない。銃で撃つにしても、暗い

 

喬木の間を低く飛ぶから撃ちにくい。

 

 私と叔父は里山に沿って犬を入れた。だが、出合いが全くなかった。その日は曇っていて、真冬にも

 

拘らず汗ばむ程蒸し暑かった。二人は汗まみれになって歩きまわり、やがて疲れはて、茶畑の畔(くろ)に

 

ヘタリこんでしまった。そのとき雲が割れた。天から明るい陽差しが鋭い槍の穂先のように降りそそいで

 

きた。茶の花の白さが緑に一段と鮮やかに浮かんだ。次の瞬間「チョトコーイ」と、山上で小綬鷄が一声

 

鳴いた。すぐに別の鳴き声が答えた。たちまち全山小綬鷄の大合唱となった。叔父は長い顔をゆっくり山

 

に向け、うんざりしたような声で「チョットコイ、ちょっと来いと言うたっチ、こんげ疲れちょったら、そうすぐ

 

山ン上まで行けるもんか。ナア、そうじゃろうが?」と私に言った。私は茶の花に眼をやったままうなずい

 

た。そして数日後、夜中に叔父の言葉を思い出して急にオカシミを感じ、布団の中で吹き出した。

 

 

 叔父は八十五歳になる。いまでも地下足袋に麦わら帽子姿で、白い花をつける茶の木の手入れをしな

 

がら小綬鷄の声を聞いている。(了)

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谷 克二 : 宮崎県に生まれる。早稲田大学卒業後、ドイツのフォルクスワーゲン本社に勤務。

 

        1968年、ロンドン大学で歴史経済を学ぶ。

 

        帰国後、創作活動に入り、第一作「追うもの」で野性時代新人賞を受賞。

 

        1978年「狙撃者」で角川小説賞受賞、直木賞候補となる。

 

 

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