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女ごころ 児玉 和子「豚がもらった真珠」より

 

 お歳暮が届いた。

 

 デパートの配達員はラックス化粧石鹸一箱を無造作に置いて帰った。

 

 タイムスリップした記憶は半世紀を遡り、私を十九歳に戻した。

 

 戦争が終り、闇物資が出回りはじめた頃のある日、東京から帰った父は闇市で買ったとラックス化粧

 

石鹸一個を私にくれた。

 

 疎開先のここ萩で買えるのは魚油石鹸。うす黒くぶよぶよして香りなど望むべくもない。

 

 アメリカ駐留兵からの流出品というラックスは、艶やかな包装紙から純白の姿で現れ、ついぞ知らない

 

香りを放った。洗顔後の残り香は身も心も昇華される気さえして、どんなに惜しんで使ったことだろう。

 

洗顔後は包装紙に元通りに包んで仕舞った。

 

 十回も使った頃、しまい忘れたと気づくまでの数分のうちにラックスは忽然と消えた。家人に尋ね回った

 

のは勿論、ねずみの仕業かと床下まで探したが無駄だった。

 

 その頃の我が家は引き揚げ者の叔父夫婦と同居生活だった。

 

 ある朝、ふとすれ違った叔母からあのラックスの香をきいた。

 

 ラックスの手がかりがこんな形というのは嫌だった。もう諦めてもいた私は嘘だ嘘だ、ラックスの香とは

 

少し違う。私は無理にそう思った。

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 叔父夫婦は旧満州を半年余もソ連軍から逃げ惑い、略奪され尽くしての引き揚げだった。

 

 丸坊主の男装に身をやつした叔母に、昔を偲ばせるものは博多献上の伊達巻き一本だけだった。

 

私はこの叔母から、逃亡中の異常体験をいくど息呑む思いで聞いたことだろう。

 

 「人間は極限状態を繰り返すと神経は鈍く太くなり、それが安全弁でもあるのよ」淡々と語る叔母に、

 

懺悔の影を感じた。

 

 旧家から叔父に嫁いだ、おっとりした美人は、四十に満たない女盛りだった。ざんぎり頭にモンペを

 

きりりと履き、毅然とし立ち居振る舞いに、昔日のあの甘い雰囲気は偲ぶよしもなく、煩悩を断った

 

修行僧のようだった。

 

 日ならずして、叔母はまたあのラックスの香を残してすれ違った。そしてその夕べ、ラックスは洗面所

 

の棚にぽつんと置いてあった。私は動悸を感じながら、夢中でそれを机の引き出しの奥深く隠した。

 

誰にも言わなかった。言えなかった。

 

 今にして思う。解脱僧と見えた叔母の女心は、どこに隠れ潜んでいたのだろう。他愛ない色香に迷い

 

出てきたのだろうか。

 

 特異な時代ではあったが、独り占めしたラックスに私は悔いを残している。

 

 切ない思い出に繋がるラックス。私には使えない。(了)

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児玉 和子 : 過去3度、日本エッセイストクラブ編のベストエッセイ集(文芸春秋社)に作品が掲載さる実力の持ち主。

          樫の木会のメンバーのよき道標となっています。

          07年には、はじめてのエッセイ集を刊行。2冊目の本も刊行間近。

 

 

2002年  「ねずみに水」

       文芸春秋社 日本エッセイストクラブ編「ベストエッセイ集 象が歩いた」所収

 

2007年  「うなぎをもらって」

       文芸春秋社 日本エッセイストクラブ編「ベストエッセイ集 お父っつあんの冒険」所収

 

初のエッセイ集「豚にもらった真珠」暮らしの手帖社/定価(税込)1500円 刊行

2007年   初のエッセイ集「豚にもらった真珠」暮らしの手帖社/定価(税込)1500円 刊行

                 

 

2008年  「インドネシアへの旅」

       文芸春秋社 日本エッセイストクラブ編「ベストエッセイ集 美女という災難」所収

 
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