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焼酎今昔―C棚田とレンゲ草

 

 宮崎県の日南市は、いまでは甲子園の高校野球の出場校日南学園で全国版になって

 

いるが、江戸時代には良質の杉や檜(ひのき)を産出したことで知られていた。藩名は

 

飫肥(おび)。藩主は伊東氏。天正少年使節の一人伊東マンショは、この一族の出である。

 

太平洋に面した温暖の地にある。

 

 

 私にはときおり郷土の焼酎メーカーさんから、焼酎が送られてくる。数年前、日南の焼酎

 

メーカー京屋酒造さんから「甕雫(かめしずく)」という逸品が届けられてきた。文字どおり

 

甕(かめ)に入った焼酎は香りがよく、咽ごしになめらかなので「一人で楽しもう」と玄関の

 

上りかまちの隅に置いておいた。この一角には、もらい物の焼酎が積んである。確かその

 

ときには十種類くらいあったように記憶している。

 

 その日の夕刻、親しくしている警視庁の警部が部下をつれて遊びに来た。すぐに焼酎で

 

酒盛りとなり、座は大いに盛り上がった。三人は

 

したたかに酔ったが、私はカメシズクだけは出さ

 

なかった。ところが酔った勢いで、私はどうやら気

 

が大きくなったらしい。「好きな焼酎を持っていっ

 

ていいよ」と、二人に言ったようだ。つぎの朝玄関

 

に出てみたら、カメシズクの姿が忽然と消えてい

 

た。〈さすがは警視庁!〉と、私は妙に感心した。

 

〈大酔いを発していても本物は見逃さない。いち

 

ばんいい焼酎を持っていきやがった・・・〉。

 

 

 先ごろふらりと日南を訪れてみた。レンタカーで宮崎から日南海岸を走り、山間の坂本

 

地区に入り、林道を走って見晴らしのよい台地に出た。眼下に棚田が広がっている。赤紫

 

のレンゲ草が棚田を覆っていた。

 

 春風が山から吹きおろし、レンゲ草はワッと喚声をあげて揺れた。喚声は麓めざして棚

 

田から棚田へとかけおりていく。南に男鈴山(おすずやま)が靄(もや)にかすみ、北には

 

県南でいちばん高い小松山が稜線を空に突きあげている。棚田はこの中腹にある。

 

 「棚田を見ると、つくづく日本人は勤勉だと感じるね」といったのは、かってこの地に案内

 

したイギリス人の友人だった。「山の斜面にコツコツと石を積み上げて、田圃をつくる。谷川

 

をうまく利用して、田に水を引きいれる。田圃だって地形に合わせて造られるから、直線だ

 

けでなく曲線まで組み入れられている。

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だけど、景観としてはわずかな乱れも

 

ない。石垣の美しさに至っては、まさに

 

芸術的だよ」。英国はグリーンスリーブ

 

スの国だから、石垣はあくまでも境を

 

示すためか、家畜を囲いこむのが目的

 

である。肥土を入れてまで耕作地をつく

 

りだそうとはしない。友人の感想も、お

 

国の事情を考えれば「そうだろうね」とうなずける。しかし調和のとれた棚田の美は、いつ、

 

だれが見ても感動をする。

 

 

 数年前はじめて小松山に棚田を訪ねたときは、春の始めだった。そのときこの地にお住

 

まいの古澤末吉さんから、みごとな石組みの技を見せていただいた。

 

 「石にも相性があってですなァ」と、古澤さんは皺ぶかい笑顔で積み上げてある石垣用

 

のゴロタ石から、ほぼ三角形の子供の頭ほどある石を選んだ。五本の指が石を軽々と

 

つかみあげる。その腕力には、とても七十という年齢は感じられない。「これを、こう…」と

 

造りかけの石垣にのせ、「これと、これと…」。手がさらにうごいて石を二つ選び、二辺に

 

置いた。「三個一組で石組みをつくって、トメ石を噛ますっとです」。隙間に小さな石が押し

 

込まれて、石組みはピシッと安定した。手順が流れるようになめらかで、ムダがない。

 

 茅野だったこの地に棚田が造られたのは明治時代からだそうだが、石組みの技術は

 

累代(るいだい)うけつがれて、道路の路肩(ろかた)の土留メなどに威力を発揮してきた。

 

古澤さんも子供のときから大人に混じって土留メの作業に加わり、見よう見まねで石の

 

組み方を覚えていったのだという。暇なときには棚田の石垣を見まわっている。

 

 「一仕事終えたら、昼飯前にこれをチョコットやります。どうですか、ひとつ。地場もんで

 

すが」。古澤さんは焼酎の二合瓶を道具袋からとりだし、蓋に注いで差し出した。私は礼

 

を言って蓋を受け取り、焼酎を咽奥に送り込んだ。焼酎は舌にやわらかく、咽をくすぐり、

 

甘いイモの匂いを鼻腔に送った。

 

 さてと…、ここから話が焼酎に移る。宮崎県の焼酎は、材料が多彩なことで知られてい

 

る。米、イモ、麦、ソバ、ヒエ、アワ、トウモロコシ、クリとなんでもござれで、ありとあらゆる

 

素材を焼酎造りに利用する。

 

 これは全国的に見てもかなりユニークなのだが、なんでもかんでも焼酎の材料にしてし

 

まうのは、「日向の国 むらたつ山のひと山に…」と牧水が歌うように、山また山で耕地面

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積が十パーセントしかないといった地形にもよる。

 

 それでも地域差はある。雑穀は県北で多くつか

 

われ、県中は米、県南は伝統的にイモ。県南で

 

イモ焼酎が優勢なのは、この地域が戦国時代以

 

来伊東氏などの小大名はいたものの、ほとんど

 

が薩摩の島津氏の支配下にあったことによるだ

 

ろう。土壌も白砂(しらす)が多く、イモ以外の農

 

作物にはあまり適さなかった。県南の串間市の辺りはいまでもサツマイモ生産で全国一を

 

誇り、収穫は五月の早掘りに始まって十一月までつづけられている。

 

 

 宮崎紅(みやざきべに)とよばれる品種はその名のとおり、表皮が鮮やかな紅(べに)色

 

で、果肉は黄ばみがかった白、味は甘みをふくんで栗(くり)を思わせる。古澤さんから

 

ご馳走になった焼酎も、このイモが材料だったのかもしれない。そのほかイモ焼酎には、

 

黄金千貫という品種もつかわれている。余談ながら、宮崎県は一人当たりの焼酎消費量

 

で日本一である(二位は鹿児島県)。

 

 

 「宮崎は酒の肴(さかな)が豊富ですね」と取材で日南の宿に泊まったとき、北海道出身

 

のカメラマンが食膳を見て目を剥いた。北海道は冬が長いから保存食が多い。それとは

 

対照的に、九州では新鮮な食材をそのまま生かした料理が多いのである。

 

 「なにしろ、神話の国だからね。山幸、海幸さ」と私は答えたが、自分が宮崎県の出身で

 

あるだけに、指摘されるまで夕膳の豊かさに気づかなかった。あらためて眺めると、主膳

 

はイノシシ鍋、刺身はイシダイにシビ、カツオ、イセエビの盛り合わせ、アワビの煮付けに

 

ハマグリの焼酎蒸しまでそえてある。おまけに生ワサビが下ろし金(おろしがね)にのって

 

いた。いずれも食材を生かした料理であり、新鮮だから、保存食中心で育ってきた北国の

 

カメラマンにはたいへんなご馳走に映ったのだろう。これだけ肴がそろえば焼酎がすすま

 

ないはずはない。私はさっそくカメシズクを注文し、その夜は二人して大いに痛飲した。

 

以上のようなことがらを思い出しながら、棚田の畦道(あぜみち)を登った。

 

 小松山の杉が、濃い緑の樹相を見せている。田植えの準備が始まっていた。麓から耕

 

運機のモーターの単調なひびきが聞こえてくる。田はレンゲ草ごと鋤きかえされ、やがて

 

谷川から水がひきいれられて、土がたっぷり水を含むと月末(つきずえ)には早場米の苗

 

が植えつけられる。やがて南溟(なんめい)から押しよせる分厚い雨雲が大気を蒸しあげ、

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太陽の光と熱が稲穂をはぐくみ、さわやかな実りに結びついていく。レンゲが赤紫の花を

 

ちりばめる若緑。早苗の濃い緑。豊穣の

 

稲穂の黄金色。棚田の風景は実に華麗

 

である。刈り入れが終わると稲束は丸太

 

で組まれたたてぼ(立て棒。方言)に

 

かけ干しにされて、紅葉の山々を背に

 

して金色のきらめきをつらねる。

 

 山際まできたとき、林の中から軽トラ

 

ックがあらわれて「オーイ」と呼びかけら

 

れた。顔を向けると、皺深い笑顔が運転

 

席の窓からのぞいていた。「やぁ、古澤さんじゃありませんか」

 

「また取材にきなったとネ?」「いや、棚田を見にきただけです。古澤さんはどちらまで?」

 

「ワサビ田まで行ってきたとですわい」。古澤さんは小松山の水源ちかくに四アールほど

 

のワサビ田をもっているという。谷川の浅い流れを根気よく石で仕切り、階段状に作った

 

ワサビ田である。「一つ、もっていきならんね。

 

けさ港にカツオが揚がったかい、今晩刺身で食い

 

なるとき使うたらいいが」。窓から沢ワサビが突き

 

出された。みずみずしい緑の葉に、白い花が咲い

 

ている。新鮮な香りが漂ってくる。「生きのいいカ

 

ツオに生ワサビじゃったら、焼酎もさぞウメェこっ

 

ちゃろな」。言い残して、古澤さんは車を発進させ

 

た。

 

 今夜は日南の焼酎カメシズクを飲もう。カツオは下駄の歯のように厚切りにしてもらおう。

 

ツマは大根とニンジンの千切りだけでよい。いや、ハスイモの茎も切ってもらおうか。山ワ

 

サビをすり下ろして醤油に溶かし、その醤油にカツオをたっぷり浸して・・・カツオの味を

 

焼酎で胃に流し込む。十分酔ったら、麦飯に潮汁。腹がくちくなったら、布団にもぐりこむ。

 

待っているのは泥酔の泥睡。そんなことを思い浮かべながら私は山風をうけ、ワサビを

 

手に棚田の道を下っていく車を見送った。

 

 ふと、江戸時代の小唄を思い出した。

 

縁は い(粋)なもの 海山こえて ワサビゃサシミのツマ(妻)になる。(了)。

 

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