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焼酎今昔―Bコギャルと先生

 

 舞台は南九州、南国宮崎である。

 

喜寿(きじゅ、七十七歳)をこえた竹之内(たけのうち)先生は、奥さんと二人で市内を流れ

 

る大淀川(おおよどがわ)の畔に住んでいる。啓之介(けいのすけ)といういかめしい名前

 

は、先祖が島津家の武士だったからだそうだが、作務衣(さむえ)を着て背筋をのばし、

 

思いっきり腹をつきだして堤防を散歩する姿などは

 

なかなか貫禄がある。高校でながく国語の教鞭を

 

とってこられ、定年退職してからは「書道の教室を

 

ひらき、後進の指導にあたっている」といえばカッコ

 

いいが、多少の家作もあるので内々は豊かで、悠々

 

自適の生活ではある。「近ごろの若い者は、なっちょ

 

らん」というのが口癖で、先日も居酒屋で一緒に飲

 

んでたらこの言葉がとびだした。

 

 「どうしたんですか?」とたずねたら「先月孫娘と

 

京都にいった。そのときのことだ。「オジイちゃん『や、ら、と』って、なんのお店?」と訊ね

 

た。いいか、孫といっても三十過ぎだぞ。見たら三ッ割りの暖簾(のれん)がひるがえって

 

いて、それに横書きで『とらや』と書いてあるじゃないか。いまじゃ左から右に書くが,右か

 

ら左に書いてた時代もあったんだ。老舗(しにせ)の矜持(きょうじ)というものが、まったく

 

分かっとらん」と悲憤慷慨(ひふんこうがい)することしきり。頭髪のぬけあがった額が焼酎

 

の酔いで、熟した柿のようにテラテラ光っていた。

 

 ソウダ、ソウダと、私がすぐに合槌(あいずち)をうてなかったのには訳がある。奥さんが

 

いつかコッソリ話してくれたのだが「あの人、日本語の権威みたいに威張ってるけど、東京

 

で学生だったころ、渋谷の映画館に『夜のタンゴ』という看板がかかってたの。それを反対

 

に読んで〈『ゴンタの夜』ってなんだろう?〉って、しばらく考えこんでたことがあるのよ」。

 

奥さんとデートした時らしい。「私、将来この人と結

 

婚して大丈夫かしら?って真剣に悩んだわ。これ、

 

あの人に言わないでね。傷つくから」。

 

 しかし私も、東京の高校に進んだとき、国語の時

 

間に「襟首(えりくび)」をキンクビと読んでクラスメー

 

トの大爆笑を浴び、しばらく「おい、九州のキンクビ」

 

とからかわれたことがある。

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 さて竹乃内先生だが、焼酎の勢いもあり、怒りの炎がおさまらない。語気さらに鋭く「若い

 

者の言葉が乱れちょる。いちど私の書道教室にきてみろ。どれだけひどいか分かる」という

 

ので、ある春の日でかけてみた。

 

 十畳の和室に折りたたみ式の机がならび、いまふうに言えば、コギャルが四人と中年の

 

ご婦人が一人、先生と向かい合っていた。手本を見て文字を書き、それを先生が朱筆で

 

手直しする、という練習がしばらく続くうちにコギャルのヒソヒソ話がはじまった。いつものこ

 

となのだろう。先生は気にもかけず、注意もせず、ひたすら中年婦人の書を手直ししていた。

 

コギャルの話を聞いていると、どうやらNHKの大河ドラマ「義経」で主役の義経を演じた

 

ジャニーズの滝沢秀明君に、関心が集まっているようだ。

 

 「三種の神器って、なにか知っているのか?」と、先生が突然口をはさんだ。コギャルの

 

話が、源平合戦のクライマックス壇ノ浦の戦いにさしかかったときである。先生はコギャル

 

たちを無視しているようで、ちゃんと聞き耳をたてていたのだ。戦いの敗北で平家一族の

 

滅亡をさとった清盛の妻時子は、三種の神器と共に海に身を投げる。

 

 コギャルらはかしこまって黙るかと思ったら、にわかに活気づいた。習字の練習に飽き

 

飽きしていたのだろう。「えーとォ、なんとかのマガ玉」と一人が言うと「知ってる、それ私

 

知ってる。ペンダントなんかにするカシュナッツみたいなのよネ」「そうそう、カシュナッツの

 

下が曲がった形よね」。

 

 〈さすが宮崎は神話の国。コギャルにしては、たいした

 

知識だ。東京じゃこうはいかない〉と私は妙に感心したが、

 

先生は憮然(ぶぜん)とした顔つきになり、半紙に筆を走

 

らせて曲玉を描いた。あまり上手な絵ではない。

 

 「これがマガタマだっ」。

 

 すかさずコギャルの一人が「それオタマジャクシみたぁ

 

い。カシュナッツのシッポ、モット曲がってますよォ」。先生は素直に絵を修正して「やさか

 

に、の、まがたまダッ」と切るような口調で言った。「ワーッ、舌を噛みそう」とコギャル。す

 

るともう一人がおおらかに反応して「鏡みたいなのもあったよネ」

 

 「私、知ってる。それ、知ってるよ。神棚に飾ってあるステンレスの丸いやつでしょ」。

 

 先生は目をすえて「あれはステンレスじゃないッ」で絶句して、目が宙に浮き「ヤタ、のヤ

 

の字は、たしか口が二つだったかな?」

 

 「八咫ノ鏡ですわね。こうです」と中年婦人がサラサラと半紙に筆を走らせ、助け舟をだし

 

た。「センセ、センセー。絵で見たことあるけど、あの天皇の弓の先にカラスがとまってるで

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しょ。あれ金色だけど、どうしてですか?」。

 

 先生はウッと息をのみ「あれはカラスではないッ。鳶(とび)だッ。天皇は第一代目の天皇

 

で、神武天皇という。美々津の町にある『お船出の岩』を、お前ら知ってるだろう?」コギャ

 

ルたちはキョトンとしている。

 

 先生はかまわず続けた。「神武天皇はあそこから船で紀州にお渡りになった。いまの

 

和歌山県じゃ。そして、そこで敵と戦われた。神武天皇が苦戦を強いられたとき、金色(こ

 

んじき)のトビが弓にとまって敵の目をくらました、と古事記にある。金鵄勲章(きんしくん

 

しょう)…」と、いきなり声がちいさくなり「どうせ分らんだろうなァ。もっていたら、見せてあげ

 

るのだが」。最後のひと言は、先生の虚勢である。先生は旧日本軍の最下位のランキング

 

の二等兵上がり。で、鉄砲はかついだが戦場などには出ておらず、もちろん勲章などから

 

はもっとも縁遠いところにいた先生はふたたび筆をとり、墨痕(ぼっこん)鮮やかに天叢雲

 

剣(あめのむらくものつるぎ)と半紙に書いた。

 

 「ワァ、むつかしい字だらけ」「マツ黒だァ」と、コギャルがいっせいに声をあげた。

 

 「なんて読むんですかァ」「あめの、むらくも、の、つるぎ、だ」先生は重々しく答えた。「と

 

っても、おぼえられなぁーい」コギャルはいっせいに笑う。

 

先生は突然息をつめた調子で、一気に話しだした。「素戔嗚尊(すさのおのみこと)という

 

神がおわしましてな。いまの島根県の簸(ひみ)川の上流に八つの頭をもつ大蛇(おろち)

 

が巣くっちょった。尊(みこと)は箸がながれてきたのを見て、川上に人が住んじょると察し、

 

流れをさかのぼっていったところ、人身御供(ひとみごくう)にされる美しい姫がいた。尊は

 

大蛇を退治して、姫を助けたんじゃ。そのとき切りさいた大蛇の尻尾からでてきたのが剣

 

(つるぎ)。アメノ、ムラクモノ、ツルギと読むんじゃア」と、最後は叫ぶような声になった。ど

 

うみても先生はコギャルたちに押しまくられて、受け太刀だった。中年婦人は、上品に笑っ

 

ていた。

 

 

 その日、先生ご夫妻から夕餉(ゆうげ)に招かれた。支度がととのうまで、二階の書斎で

 

先生と焼酎を飲んだ。夕映えが川面(かわも)と対岸のホテル群を茜(あかね)色に染めて

 

いた。川端康成がその著「たまゆら」の中で筆をつくして描いた美しい夕映えである。

 

 「今日の小娘たちを、どう思うかね」と、先生は鳩徳利から焼酎を私の白薩摩の盃につぎ

 

ながらたずねた。「そうですね。日本語は、確かに乱れてますね。これは正さなければなら

 

ない。だけど、このことに関しては、戦後教育のシステムとも関係あるでしょう?」

 

 「それはそうだが、なんともはや、嘆かわしい」先生は目を伏せ、徳利をテーブルに置い

 

た。「先生と同じことを、ヤクザの親分が言ってましたよ」「それは、どういうことだ?」「いえ

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ね、東京で五ヶ月入院したとき、肝臓を患ってたヤクザの

 

親分と知り合いになってね。そのとき親分が〈ちかごろの

 

若い者は、なっとらん。祭壇の天照大神(あまてらす、おお

 

みかみ)をテンテル、タイシンと読みやがる〉って怒ってたん

 

です」「ヤクザの世界も、そこまで言葉が乱れとるのか…」。

 

先生の肩が力なく落ちた。

 

 

 言葉の乱れは、日本だけの問題ではない。私は仕事柄よく

 

ヨーロッパにでかけるが、ドイツでもフランスでも英国でも、言語の乱れを嘆く声しきりであ

 

る。新語流行語はつぎつぎに生れ、またたく間に消えていく。文法の固りのようなドイツ語

 

でさえ「そんなことなど、どこ吹く風」といった目茶苦茶な言い回しが大手をふってまかりと

 

おり、かえって文法の基礎をきびしくたたき込まれた外国人のほうが、正しくその国の言葉

 

を喋っている。

 

 「人間はもともと、ものごとを目茶苦茶にする名人」と喝破(かっぱ)した碩学(せきがく)

 

がいる。「目茶苦茶になってしまうと、ヤイノヤイノ言う人間がでてきて、これを正す。正した

 

ものは、また目茶苦茶にされてしまう。人の世はこの繰

 

り返し」というのである。正鵠(せいこく)を射ている意見

 

だと、私は思う。だからいまの日本語の乱れも、視点を

 

変えれば日本語そのものが生き生きと動いている証拠

 

なのかもしれない。

 

 ホラ、古代エジプトのパピルス紙にも書かれているで

 

はありませんか。

 

 「近ごろの若いものは…」という嘆きの言葉が・・・。(了)。

 

 

 

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